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World Voice(ワールド・ヴォイス)

1990年から2021年までにPMFで学んだ若手音楽家は、
世界77ヵ国・地域から延べ3,600人以上。
月刊メール PMF MUSIC PARTNER で連載している
修了生たちがPMFの「過去」「現在」「未来」について語るコーナーです。

※記事に掲載されているプロフィール等の情報は
当時のものです。

vol. 18(2022年2月号)

キュンウン・グレース・リーさん

PMF2017

  • 出身国:韓国
  • 所属:フランクフルト放送交響楽団
    (hr交響楽団)
  • 楽器:ヴァイオリン
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写真:キュンウン・グレース・リー

vol. 18(2022年2月号)

キュンウン・グレース・リーさん

PMF2017

  • 出身国:韓国
  • 所属:フランクフルト放送交響楽団(hr交響楽団)
  • 楽器:ヴァイオリン
写真:キュンウン・グレース・リー

過去

オーディションに合格し、アカデミー生として参加した当時のPMFの印象や思い出は?

写真:キュンウン・グレース・リー

それはもう「素晴らしい」の一言しかないです。美しい札幌の街、素敵な人たち…。
移動はちょっと大変だったけれど、それは出国時から同じことなので(笑)。
PMFオーケストラのコンサートマスターとして演奏した時のことを思い出します。あれは私の人生で最も素晴らしい本番のひとつかもしれない。周りでサポートしてくれたすごい人たち、ありえないプログラムと音楽家たち。
もちろん、北海道の食べ物も…あの頃に戻って全部また食べたい。そして、何よりも大切なのはPMFで出会った仲間ですね。若かったので「夜はこれから」とばかりに、ハードな1日が終わると毎晩お祝いしていました。

現在

PMFでの経験は、リーさんの今の生活やキャリアにどのような影響を与えていますか?

写真:キュンウン・グレース・リー

PMFは私の音楽家としての人生を勇気づける存在です。PMFを経験したことで私の音楽仲間の輪が一層広がりました。PMF2017の同期たちは、元から優秀だったと思うけれど、みんなPMFの後、世界中で素晴らしい音楽家に成長しています。私もそうだったように、PMF参加がきっかけで、彼らも大きく変わったんだと思いますね。

未来

コロナ禍です。PMFの未来をどう思いますか?修了生の一人として、PMFはどんな音楽祭であってほしいですか?

写真:キュンウン・グレース・リー

PMFは継続するべきです。PMFは本当に素晴らしい音楽祭で、そこで働く人たちも素晴らしい。
いつの日か世界ツアーがあったら見てみたいですし、PMFは年に一度じゃなく、もっと見たいと思っていますよ。

Kyung Eun Grace Lee(キュンウン・グレース・リー)
5歳からヴァイオリンを始める。10歳の時、ヤナーチェク・フィルハーモニー管弦楽団(チェコ)でデビューし、ヨーロッパと韓国でヴァイオリニストとしてのキャリアをスタート。ユーゲント・ムジツィエルト(ドイツ)、プリマ・ラ・ムジカ(オーストリア)、シュヴァーベン音楽祭(ドイツ)などのコンクールやフェスティバルで優勝している。
ザルツブルク・モーツァルテウム大学でイゴール・オジムに師事。ベルリン芸術大学の修士課程ではノーラ・チャステインのもとで研鑽を積む。現在、同大学で博士号の取得を目指している。このたびフランクフルト放送交響楽団(hr交響楽団)のオーディションに合格した。
趣味
ファッション(副業でアクセサリーや舞台衣装を扱うショップを経営)、買い物、インテリアをデザインすること、食べ歩き(ミシュランレストラン探し)など

vol. 17(2021年9月号)

長尾 まりあさん

PMF2011、2014

  • 出身国:フランス
  • 所属:リヨン国立歌劇場管弦楽団
  • 楽器:ヴァイオリン
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写真:長尾 まりあ

vol. 17(2021年9月号)

長尾 まりあさん

PMF2011、2014

  • 出身国:フランス
  • 所属:リヨン国立歌劇場管弦楽団
  • 楽器:ヴァイオリン
写真:長尾 まりあ

過去

オーディションに合格し、アカデミー生として参加した当時のPMFの印象や思い出は?

写真:長尾 まりあ

幸運にも2回PMFに参加することができました。
2011年に初めての参加が決まって、プログラム・指揮者・ホール…すべてが素晴らしく、日本に行く前からワクワクしていました。それまでに私は3回しかオーケストラで弾いた体験がなかったので、すごく緊張していたのを覚えています。
世界的に有名なTokyo Quartetの1st ヴァイオリニストMartin Beaver(マーティン・ビーヴァー)さんと室内楽を弾けたことは一生の思い出です。
2014年の時はオーケストラの経験も増えていたので、様々なプログラムを楽しく弾けるようになりました。
いろんな国から来ているアカデミー生との交流もPMFに行ったからこそできたことだと思います。おかげで、それまで使う機会がなかった英語も上達しました。世界中に仲間がいるって素敵ですよね。

現在

PMFはまりあさんのキャリアにどのような影響を与えていますか?

写真:長尾 まりあ

2011年と2014年の2回、PMFに参加してからオーケストラで働きたいという想いが強くなり、2020年9月にリヨン国立歌劇場管弦楽団(Opéra de Lyon)に入団し、1年間のトライアルを終えて正団員になりました。
この1年を通して、いかに人々に音楽の素晴らしさ、楽しさ、感情が豊かになるのかを伝えていくことが大切だと思いました。それは初めてPMFに行った時にも感じたことで、音楽家を目指している人にPMFという素晴らしいオーケストラ教育のシステムがあることを知ってもらいたい気持ちが強くなりました。

未来

修了生の一人として、PMFにはどんな音楽祭であってほしいですか?

写真:長尾 まりあ

オンラインだけではなく、実際に札幌で世界中の音楽家が集まり、それぞれの経験をシェアしてお互いを高め合って、音楽の素晴らしさを世界中の人々と一緒に感じることができるのを願っています。

Maria Nagao(マリア・ナガオ)
5歳半にフランスで母とヴァイオリンを始め、毎年モスクワの先生Valentina Korolkovの講習会に参加。17歳でパリ国立高等音楽院に合格、Roland Daugareilに師事。パリ国立高等音楽院大学院ではSvetlin Roussevに師事。卒業後、リヨン国立高等音楽院大学院の室内楽科でピアノトリオ(Trio Verthé)に入学し2年後に卒業。2020年9月にリヨン国立歌劇場管弦楽団に入団。
趣味
3年前から音楽家として健康管理、筋肉の使い方を考えてヨガを真剣に習い始めました。楽器を弾く際にもすごく楽になり、もっと知識を深めたいと思い、去年の夏にヨガ国際インストラクターの資格を取りました。その前に取得していたアロマテラピーの証明書と合わせて、アロマヨガのレッスンをしています。今後はオンラインで音楽家のための呼吸法、コンサートのための身体作り、瞑想やリラックスの仕方を伝えていけたら嬉しいです。
料理を作るのも食べるのも好きなので、グルテンフリー、乳製品フリーのレパートリーを増やしながら毎日楽しんでいます。

vol. 16(2021年1月号)

ヴィクトリア・レフェヴレさん

PMF2014

  • 出身国:フランス
  • 所属:ラジオ・フランス
    (フランス国立管弦楽団のオーケストラ・マネジャー)
  • 楽器:チェロ
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写真:ヴィクトリア・レフェヴレ

vol. 16(2021年1月号)

ヴィクトリア・レフェヴレさん

PMF2014

  • 出身国:フランス
  • 所属:ラジオ・フランス
    (フランス国立管弦楽団のオーケストラ・マネジャー)
  • 楽器:チェロ
写真:ヴィクトリア・レフェヴレ

過去

オーディションに合格し、アカデミー生として参加した当時のPMFの印象や思い出は?

写真:ヴィクトリア・レフェヴレ

音楽家の私にとってPMFは最高の経験のひとつになっています。PMFでは本当に素敵な人たちと出会いました。彼らは今でも大切な友達です。日中は音楽に没頭し、夜は札幌の街に繰り出したのを思い出します。素晴らしい指揮者、ソリスト、そしてプレイヤーたちと一緒に演奏するPMFの日々がオーケストラ奏者として私をぐんと成長させてくれました。

現在

PMFはヴィクトリアさんのキャリアにどのような影響を与えていますか?

写真:ヴィクトリア・レフェヴレ

数年間チェリストとして働いた後、年齢制限ギリギリの29歳の時、ロレーヌ国立オペラの見習いとなってオーケストラのマネジャーをしながらマネジメントを学びました。その1年後、コロナ感染拡大による1回目のロックダウン直前(昨年の春頃)、フランス国立管弦楽団を運営するラジオ・フランス(公共のラジオ放送局)のオーケストラ・マネジャーの職を得ることができたのです。とてもラッキーでした!
現在、採用や団員との連絡調整を含む多くの業務を担当しています。PMFでの経験から音楽家の立場になって考えることもできますが、マネジメント面では学ぶことが山ほどあります。きっと、周囲の人たちは私の仕事が上手くいくように助けてくれるでしょう。
ラジオ・フランスでは幸運にもテレビやラジオ、オンラインストリーミングなど、この時代に私たちがやれることをやらせてもらっています。すべてのオーケストラにこうしたことを行うためのリソースがある訳ではないので感謝しています。

未来

修了生の一人として、PMFにはどんな音楽祭であってほしいですか?

写真:ヴィクトリア・レフェヴレ

期間がもう少し長かったら、そして最後のオーケストラ・ツアーも(大阪・名古屋・東京だけでなく)もっと多くの都市で開催できたらよかったのに…と思いましたが、私にとってPMFは最高の経験になりましたので、この先も変わることなく続いてほしいです。

Victoria Lefèvre(ヴィクトリア・レフェヴレ)

1990年フランス北部ドゥエー生まれ。2年間ピアノを習った後、6歳の時にチェロを選ぶ。アンジェ、リール、リュエイユ=マルメゾンの音楽院で学び、チェロで学士、チェロの演奏法と教授法で2つの修士号を取得。フランス国立ユースオーケストラ、パシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭に参加し、スイス・ロマンド管弦楽団やストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団などのプロオケで積極的に演奏活動を行った。昨年、クラシック音楽の世界に身を置きながら、奏者とは反対側の仕事をするラジオ・フランス(フランス国立管弦楽団を運営)への転職を果たした。

写真:ヴィクトリア・レフェヴレ
趣味
自然、ハイキング、そして動物が好きです。

vol. 15(2020年9月号)

トマス・コワルツィクさん

PMF2012、2013、2015

  • 出身国:ポーランド
  • 所属:サラソタ・オーケストラ
    (米国フロリダ州)
  • 楽器:パーカッション
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写真:トマス・コワルツィク

vol. 15(2020年9月号)

トマス・コワルツィクさん

PMF2012、2013、2015

  • 出身国:ポーランド
  • 所属:サラソタ・オーケストラ(米国フロリダ州)
  • 楽器:パーカッション
写真:トマス・コワルツィク

過去

トマスさんにとってPMFはどんな存在ですか?

写真:トマス・コワルツィク

アカデミー生としてPMFで学んだことは、自分の音楽人生を最も形成することができた経験のひとつであり、プロの音楽家に辿り着く行路において重要な部分を占めています。

現在&未来

今、世界中がコロナ禍です。PMFに未来はあると思いますか?修了生の1人としてトマスさんの考えを聞かせてください。

写真:トマス・コワルツィク

新型コロナウイルスの世界的な爆発の問題があっても、PMFは未来も生き続けると信じています。PMFは世界で最も大切な教育音楽祭のひとつです。何かと比肩することはできない唯一無二のフェスティバルなんです。若い音楽家の卵たちが、あの信じられないほど素晴らしい教授陣とステージを共にできるのはPMFだけだと思う。だから、今の私の希望は2021年の夏にPMFが再開されることです。お互いに違うところがあっても、私たちには協力できる術がいつもある。音楽は世界共通の言葉だから…今後ますます重要なメッセージになると思いますね。この大切な主旨を、音楽を通じた国際交流で体現できるPMFの存在に改めて感謝しています。

Tomasz Kowalczyk(トマス・コワルツィク)
ポーランドのクラクフ出身。12歳の時、国内のコンクール受賞をきっかけに音楽の勉強を始める。その後、ヨーロッパやアメリカの国際コンクールに出場。マリンバを学びたいという情熱を抱いて2008年に渡米し、ピーボディ音楽院で伝説のマリンバ奏者ロバート・ヴァン・サイスに師事。この秋、サラソタ・オーケストラ(米国フロリダ州)の打楽器奏者としてキャリアをスタートした。オーケストラのレパートリーだけでなく、室内楽やソロ活動も行う。演奏では自然なフレーズや流れを吹き込むことをモットーにしている。
趣味
ロックダウン中にサワードウブレッド(天然酵母のパン)を焼く楽しさに目覚めました。くつろげるし、おいしいです!

vol. 14(2020年2月号)

ミリアム・キャリアーさん

PMF2003、2019

  • 出身国:カナダ
  • 所属:イル・ド・フランス国立管弦楽団
  • 楽器:クラリネット
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写真:ミリアム・キャリアー

vol. 14(2020年2月号)

ミリアム・キャリアーさん

PMF2003、2019

  • 出身国:カナダ
  • 所属:イル・ド・フランス国立管弦楽団
  • 楽器:クラリネット
写真:ミリアム・キャリアー

過去

オーディションに合格し、アカデミー生として音楽祭に参加した当時のPMFの印象や心に強く残っていることは。

写真:ミリアム・キャリアー

私はカナダのモントリオール出身です。音楽を学ぶため2000年にドイツに渡り、その後はフランスで仕事をしています。PMF2003にアカデミー生として参加したことは、自分の勉学におけるハイライトのひとつです。他のユースオーケストラにも加わりましたが、教授陣や指揮者の顔ぶれを考えても、アジアに行ったことがなかったことからも、私にとってPMFは名誉なことでした。合格通知を手にした時、それはもう興奮しましたね。何と私はベルナルト・ハイティンクとマーラーの9番を演奏するチャンスに恵まれました!マエストロの音楽性と人間性には心を打たれました。私が奏でた小さなEbクラリネットの演奏に、彼が微笑みかけてくれたことを一生忘れません。
ウィーンのワルツを正しく演奏することをウィーン・フィルの先生たちから学ぶ機会もありました。また、PMFは日本という国を知る素晴らしいきっかけになりました。

現在

30回記念のPMF2019に修了生として参加し、記念碑的な演奏となったエッシェンバッハ指揮のマーラー8番に出演したときの感想を教えてください。また、この経験はプロの音楽家として活躍する現在のあなたに、どのような影響を与えていますか。

写真:ミリアム・キャリアー

2019年、私にはPMFの30回記念でマエストロ・エッシェンバッハとマーラー8番を演奏するために招かれるという、もっと名誉なことが訪れました。16年ぶりの札幌に滞在中、教授陣や才能あふれる若い音楽家たちとこのプロジェクトを共有できたことは感動的で非常に価値あることでした。以前にも増して音楽祭が活気づいていて、多くの才能を惹きつけていることを知って嬉しかった。自分が指導する側になっていたのも面白かったですね。1週間の出来事でしたが、とても強烈でした。
マーラー8番を演奏するとオケが熱狂するのは、私の職場であるパリのイル・ド・フランス国立管弦楽団でも全く同じです。やる気いっぱいの若い音楽家と演奏するのと、何年もプロでやっている楽団員と演奏するのは同じではありませんが。私が思うに、我々の職業において音楽家が幸せであるためには、1音1音をいきいきと奏でて愛し、瞬間瞬間に精魂を込めて演奏し、全力を尽くすことである、と。
このことを念頭に置いたうえで、若い音楽家と気持ちが通じ合うのは本当に素敵なことです!

未来

創設者バーンスタインの思いと情熱を理念に、これからもPMFは世界の若手音楽家にチャンスを与えながら、教育活動を通じて世界の楽壇に貢献していきたいと考えています。PMFにはどんな音楽祭であってほしいですか。

写真:ミリアム・キャリアー

PMFとバーンスタインのビジョンが、とこしえに続きますように!何も変える必要なんてないです。PMFは完璧ですから。修了生として私が望むことは、影響力のある人たちが、この音楽祭がベストであるように様々な手段・手法を駆使しながらPMFの理念や展望を多くの人と共有し続けてほしい、ということです。
PMFの教育が高い評価を受けているのは、国や地域を越えて、若い音楽家に“最高のセミプロ体験”を提供できる点にあります。音楽に翻訳は不要です。音楽は私たちが良いところを持ち寄り、私たちがひとつになれる世界共通の言葉だから。世界中から集まる若者たちが音楽で深くつながり、音楽という同じゴールに一意専心する。そして、音楽で人々が心から感動する…この上なく素晴らしいことですね。

Myriam Carrier(ミリアム・キャリアー)
モントリオールのマギル大学でロバート・クロウリー、ミシェル・ドゥミシエルに師事。その後、ドイツのカールスルーエ音楽大学でヴォルフガング・マイヤーの指導のもと大学院課程を修了。
2003年からイル・ド・フランス国立管弦楽団の副主席クラリネット奏者をつとめる傍ら、シュトゥットガルト放送交響楽団、フランス国立管弦楽団、パリ室内管弦楽団、ケベック交響楽団など欧米の様々なオーケストラと定期的に演奏。 室内楽奏者としても定評があり、これまでにラジオ・フランスで放送されたほか、フィルハーモニー・ド・パリのオープン記念シリーズにも出演した。
近年はロンドンを本拠地として活躍するピアニストのニール・ドゥプレーズとデュオを結成するほか、シャリュモーならびにバロック・クラリネット奏者としても積極的に活動している。
趣味
2006年から始めた合気道です。この夏、三段に挑戦します!

vol. 13(2019年12月号)

冨田 麻衣子さん

PMF2006、2007、2019

  • 出身国:日本
  • 所属:札幌交響楽団
  • 楽器:ヴァイオリン
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写真:冨田 麻衣子

vol. 13(2019年12月号)

冨田 麻衣子さん

PMF2006、2007、2019

  • 出身国:日本
  • 所属:札幌交響楽団
  • 楽器:ヴァイオリン
写真:冨田 麻衣子

過去

オーディションに合格し、アカデミー生として音楽祭に参加した当時のPMFの印象や心に強く残っていることは。

写真:冨田 麻衣子

PMF2006、2007に参加してオーケストラの一員として素晴らしい経験ができたことですね。教授陣や他のアカデミー生からも大いに刺激を受けて、PMFは自分の音楽人生において大きな転機となりました。
心に強く残っているのはゲルギエフ、ムーティそれぞれの最後の演奏会です。

現在

30回記念のPMF2019に修了生として参加し、記念碑的な演奏となったエッシェンバッハ指揮のマーラー8番に出演したときの感想を教えてください。また、この経験はプロの音楽家として活躍する現在のあなたに、どのような影響を与えていますか。

写真:冨田 麻衣子

エッシェンバッハが指揮台に立つだけで舞台の空気が変わり、最初の1音目から最後の音まで巨大な音楽の渦の中にいるような、圧倒的で感動的な瞬間でした。
10年ぶりに参加して、アカデミー生の情熱に刺激を受け、PMFアメリカの教授陣と一緒に演奏できたことは何にも変えがたい、かけがえのない貴重な経験となりました!

未来

創設者バーンスタインの思いと情熱を理念に、これからもPMFは世界の若手音楽家にチャンスを与えながら、教育活動を通じて世界の楽壇に貢献していきたいと考えています。PMFにはどんな音楽祭であってほしいですか。

写真:冨田 麻衣子

オーケストラを目指す世界各国の若手音楽家たちに、これからもたくさんの貴重なチャンスを与える音楽祭であり続けてほしいです。

Maiko Tomita(冨田 麻衣子)
兵庫県出身。3歳よりヴァイオリンを始める。大阪教育大学教養学科芸術専攻音楽コース卒業、同大学大学院芸術文化専攻修了。第8回クラシックコンクール全国大会入選、旭川・ウィーン国際弦楽セミナー、第16回京都フランスアカデミー、ヴィオラスペース2006、武生国際音楽祭2008などのマスタークラスを受講。レオン・シュピーラー、レジス・パスキエ、ステファン・ピカールの各氏のレッスンを受講。これまでに曽我部千恵子、小谷公子、稲垣美奈子、稲垣琢磨の各氏に師事。2008年12月より札幌交響楽団ヴァイオリン奏者。
趣味
料理、映画、旅行

vol. 12(2017年2月号)

デイヴィッド・ローデンさん

PMF2005、PMF2006、PMF2007

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写真:デイヴィッド・ローデン

vol. 12(2017年2月号)

デイヴィッド・ローデンさん

PMF2005、PMF2006、PMF2007

  • 出身国:オーストラリア
  • 所属:オメガ・アンサンブル
    (共同芸術監督・創設者、クラリネット奏者)
  • 楽器:クラリネット
写真:デイヴィッド・ローデン

過去

オーディションに合格し、アカデミー生として音楽祭に参加した当時のPMFの印象や心に強く残っていることは。

写真:デイヴィッド・ローデン

PMF2005、2006、2007の3回にわたり、私はオーケストラの一員として、信じられないほど素晴らしく、一生忘れられない経験をしました。個人的に最も印象に残っているのは、ペーター・シュミードル氏からクラリネットの指導を受け、ウィーン・フィルの木管首席奏者の先生たちと一緒にモーツァルト:セレナード第10番 変ロ長調 K. 361「グラン・パルティータ」を演奏したことです。

現在

1990年の創設から四半世紀が過ぎ、今では世界中に約3,300人のPMF修了生がいます。PMFは現在のあなたの音楽人生にどのような影響を与えていますか?

写真:デイヴィッド・ローデン

私は演奏中に起こった数々の特別な瞬間を今も覚えています。そして、PMFオーケストラのメンバー全員からあふれ出ていた他には無いエネルギーと熱意も。世界中から多くの若い音楽家が集まるというのは一種特別な環境です。自分の音楽人生はPMFからとても大きな影響を受けています。ウィーン・フィルの先生たちのような驚くべき音楽家と出会い、幅広い室内楽を演奏できたこと、PMFオーケストラのメンバーと一緒に演奏した素晴らしい作品が、まさに今の私の音楽人生をかたち作ってくれたと思います。

未来

創設者バーンスタインの思いを受け継ぎ、これからもPMFは音楽を通じて人を育て、多くの人々と音楽の感動を分かちあうことでクラシック音楽文化の発展と世界の平和に貢献したいと考えています。あなたはPMFにはどんな音楽祭であってほしいですか?

写真:デイヴィッド・ローデン

昔と変わらず、PMFが音楽祭として成長し、若手音楽家を育て続けるならば、地球上の音楽コミュニティに計り知れない貢献となることでしょう。

David Rowden(デイヴィッド・ローデン)
シドニー生まれ。幼少からクラリネットを始め、後に奨学金を得てロンドンの王立音楽院で学ぶ。留学中はイタリアのシエナにあるキジアーナ音楽院でアンソニー・ペイ、フランスのヴィルクローズ音楽アカデミーではポール・メイエの両氏に師事し、アカデミー生としてPMFに参加。
帰国後、シドニー交響楽団やオーストラリア・オペラ・アンド・バレエ管弦楽団、クイーンズランド交響楽団、ニュージーランド交響楽団でフリーのオーケストラ奏者として経験を積み、ソウル交響楽団では首席客演クラリネット奏者をつとめた。また、室内楽奏者としても、オーストラリア・アンサンブルやシドニー・ソリスツにゲスト出演した。
2005年、オーストラリア初のユニークな音楽グループのひとつとして「オメガ・アンサンブル」を創設。オメガ・アンサンブルはエマ・マシューズ(ソプラノ)やディミトリ・アシュケナージ(クラリネット)などの国際的に活躍する音楽家やオーストラリア出身アーティストと共演している。オメガ・アンサンブルとの活動では、14年にポール・メイエの指揮で、オーストラリア国立音楽アカデミーと共演したジョン・アダムスの「チェンバーシンフォニー」の演奏などが注目を集めている。
最近、ABCクラシックレーベルからリリースされるデビュー・アルバムを録音。ジョージ・パーマー作曲のクラリネット協奏曲“It Takes Two”でオメガ・アンサンブルとディミトリ・アシュケナージが共演した。
趣味
料理、水泳、旅行(3歳以下の子ども二人となので大変ですけれど。)

vol. 11(2017年1月号)

ピーター・ニュイッテンさん

PMF2003

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写真:ピーター・ニュイッテン

vol. 11(2017年1月号)

ピーター・ニュイッテンさん

PMF2003

写真:ピーター・ニュイッテン

過去

オーディションに合格し、アカデミー生として音楽祭に参加した当時のPMFの印象や心に強く残っていることは。

写真:ピーター・ニュイッテン

オーディションとその後に合格通知を受け取った時の興奮は鮮明に覚えています。札幌へ飛び、私はウィーン・フィルの首席奏者たちと並んで一緒に演奏しました。また、指揮者のベルナルト・ハイティンク氏と共演できたことは、自分にとって本当に光栄でした。

現在

1990年の創設から四半世紀が過ぎ、今では世界中に約3,300人のPMF修了生がいます。PMFは現在のあなたの音楽人生にどのような影響を与えていますか?

写真:ピーター・ニュイッテン

地球の四大陸、いわば世界中から音楽家たちが参加し、その彼らと(練習が終わった)夜に集まって楽しみ、新しく友人となって人生や音楽について語り合い、それまで未知の者同士が急速につながっていったことに感激しました。彼らの多くとは現在も連絡を取り合っています。 学生のみなさんは自問することでしょう。オーケストラで職を得られるだろうか、どのような職業に就くべきか、と。私は(PMFアカデミー生として)札幌に到着すると、シェへラザードのソロ奏者に選ばれました。まさに自分の夢が叶い、その経験が首席ファゴット奏者としてのキャリアを志す大きな励みとなりました。

未来

創設者バーンスタインの思いを受け継ぎ、これからもPMFは音楽を通じて人を育て、多くの人々と音楽の感動を分かちあうことでクラシック音楽文化の発展と世界の平和に貢献したいと考えています。あなたはPMFにはどんな音楽祭であってほしいですか?

写真:ピーター・ニュイッテン

ロッテルダム・フィルで、私たち団員は、ワレリー・ゲルギエフと定期的に仕事ができる自分たちを、世界の中でも数少ない幸運なオーケストラだと思っています。ゲルギエフ氏は15年にわたって首席指揮者をつとめ、現在は名誉指揮者です。地球上でもっとも精力的な指揮者として重責を担いながら、演奏家としての大きな経験を次世代に受け渡していくことに時間を割いていることに、とても感銘を受けます。世界的に困難なことに立ち向かわなければならない、とりわけ若手音楽家が傷つきやすい、この時代にです。ゲルギエフは、レナード・バーンスタインやクラウディオ・アバドのように若手音楽家のために心血を注いだ偉大な指揮者たちの精神を受け継いでいます。私は、これからもPMFが、これらの素晴らしい指揮者に続く指揮者たちを魅了し、多くの才能ある若手音楽家に、人生を変えるような経験を与える音楽祭であってほしいと願っています。

Pieter Nuytten(ピーター・ニュイッテン)
クーン・コッペのレッスン受講をきっかけにファゴットを始め、フランシス・ポレやダニー・ダーネ(コントラファゴット)、ゲオルグ・クリュッチュ教授、セルジオ・アッツォリーニに師事し、アントワープ(ベルギー)やケルン(ドイツ)、バーゼル(スイス)の音楽院で研鑽を積む。ヨーロピアン・ユニオン・ユース管弦楽団とグスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団に学生として参加。
その後、フランスのノルマンディーにあるルーアン歌劇場管弦楽団のソロ奏者となり、2007年からヤニック・ネゼ=セガン、ワレリー・ゲルギエフのもとで、ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団のソロ・ファゴット奏者。客演首席奏者としてヒルフェルスム放送室内フィルハーモニー、モーツァルテウム管弦楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団などのオーケストラと共演する。2014-2015年のシーズンは、マレク・ヤノフスキ指揮、ベルリン放送交響楽団で首席奏者をつとめた。
室内楽にも積極的に取り組み、ニコラス・ダニエル(オーボエ)やジョナサン・ケリー(オーボエ)、プリヤ・ミッチェル(ヴァイオリン)などの音楽家たちと共演。アントワープを本拠とする「フォーカス」とケルン室内ゾリステンの創設メンバーで、ブリュッセルの「オクサリス」にも定期的に客演している。
2001年、ブリュッセルのボザールで行われた演奏会でモーツァルトの協奏交響曲を演奏し、デビュー。以来、数々のコンサートに出演。ベルギー、オランダ、フランス、ドイツのホールでロイ・グッドマンやダニエル・カフカ、ニコラス・コリンの指揮者とともにピーター・マックスウェル・デイヴィスやハイドン、ヴィヴァルディ、ウェーバーの作品を演奏している。
現在、ロッテルダムのコダーツ芸術学校とベルギーのヘント王立音楽院で後進の指導にあたる。2014年にはヘント・ファゴット・フェスティバルを創設し、ベルギー、リンツ(オーストリア)、ブエノスアイレス(アルゼンチン)、リマ(ペルー)で開催されたマスタークラスで教えた。
趣味
オーケストラに入団してから、室内楽やソロの演奏、教えることが自分の時間の大部分を占めていますが、それ以外の時間は妻と二人の息子たち(9歳と2歳)と過ごしています。料理も得意です。アクアリウムとプレイステーション3(ゲーム機)を持っているので、それらでもう少し遊びたいです。

vol. 10(2016年12月号)

片岡 典子さん

PMF1997、PMF1998、PMF1999、PMF2009アニバーサリー・オーケストラ

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写真:片岡 典子

vol. 10(2016年12月号)

片岡 典子さん

PMF1997、PMF1998、PMF1999、
PMF2009アニバーサリー・オーケストラ

写真:片岡 典子

過去

オーディションに合格し、アカデミー生として音楽祭に参加した当時のPMFの印象や心に強く残っていることは。

写真:片岡 典子

PMFに参加し、アカデミー生のレベルの高さに驚かされるとともに、世界中から集まり、お互い全く知らない、言葉が通じない仲でも、コンサートに向けて練習を重ねるうち、音楽を通して気持ちが、心がひとつになっていった感動は今でも忘れられません。

現在

1990年の創設から四半世紀が過ぎ、今では世界中に約3,300人のPMF修了生がいます。PMFは現在のあなたの音楽人生にどのような影響を与えていますか?

写真:片岡 典子

PMFに参加したことがきっかけでウィーン留学を決めました。PMFに参加していなければ、ヨーロッパに来ることはともかく、私の人生は大きく違っていたことは間違いありません。また、音楽祭で知り合った仲間達とMFP(Music for Friendship and Peace)を結成し、一緒に演奏することは今でも大きな喜びのひとつです。

未来

創設者バーンスタインの思いを受け継ぎ、これからもPMFは音楽を通じて人を育て、多くの人々と音楽の感動を分かちあうことでクラシック音楽文化の発展と世界の平和に貢献したいと考えています。あなたはPMFにはどんな音楽祭であってほしいですか?

写真:片岡 典子

これからも若い音楽家に素晴らしい夢と経験を与え、また音楽を通じて世界の人々を結んでいってほしいです。

Noriko Kataoka(片岡 典子)
幼少よりチェロの手ほどきを父から受ける。スズキ・テン・チルドレン訪米演奏旅行及びイニスフリー・アンザンブルのメンバーとして米国、カナダ、日本の各地で演奏。シカゴ・ノースウエスタン大学音楽学部、および同大学院卒。ミネソタ響、デモイン響、シカゴ・エバンストン音楽協会、ヴェネトカ婦人協会等のコンクールで優勝及び入賞。野村文化財団より助成金を授与され、ウィーン国立音楽芸術大学で研鑽。ウィーン楽友協会でも独奏。これまでに鈴木鎮一、C・ウェント、H・ヤンソン、W・ヘルツァー諸氏に師事。2002年にヴェルトハイムシュタイン・トリオ・ウィーンを、2004年よりPMFのOBとMFPを主宰。現在、グラーツ・フィルハーモニー管弦楽団に在籍。
趣味
家族での散歩

vol. 9(2016年11月号)

レミ・ペレティエさん

PMF2003、PMF2005、PMF2006、PMF2009アニバーサリー・オーケストラ

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写真:レミ・ペレティエ

vol. 9(2016年11月号)

レミ・ペレティエさん

PMF2003、PMF2005、PMF2006、
PMF2009アニバーサリー・オーケストラ

写真:レミ・ペレティエ

過去

オーディションに合格し、アカデミー生として音楽祭に参加した当時のPMFの印象や心に強く残っていることは。

写真:レミ・ペレティエ

PMFのことを聞いてから、ずっと参加したいと思っていました。国際的な評判だけではなく、いちばんの理由は、芸術の素晴らしさを追求することで今も知られている音楽家たちが、この音楽祭に関わっていたからです。

現在

1990年の創設から四半世紀が過ぎ、今では世界中に約3,300人のPMF修了生がいます。PMFは現在のあなたの音楽人生にどのような影響を与えていますか?

写真:レミ・ペレティエ

アカデミー生であったことを非常に幸運だったと思っています。PMFは私自身の音楽的、芸術的な成長のための原動力でもあり、現在の私にとって最も意義ある友情のいくつかと出会った場所でもあります。また、ハーフの日本人として、PMFは私自身が受け継いだ日本人らしさを発見するきっかけとなりました。
PMFで経験した活気あふれるオーケストラ演奏の訓練は、その後、プロの世界でやっていくための準備として重要なものでした。モントリオール交響楽団でヴィオラ奏者をつとめ、現在はニューヨーク・フィルハーモニックのメンバーです。最近、ベルナルト・ハイティンクの指揮でマーラーの交響曲第9番を演奏したのですが、私がアカデミー生として初めてPMFで演奏したのも、まさに同じ指揮者で同じ交響曲でした。

未来

創設者バーンスタインの思いを受け継ぎ、これからもPMFは音楽を通じて人を育て、多くの人々と音楽の感動を分かちあうことでクラシック音楽文化の発展と世界の平和に貢献したいと考えています。あなたはPMFにはどんな音楽祭であってほしいですか?

写真:レミ・ペレティエ

これから参加する多くの世代にとって、PMFは創造性の源、芸術の素晴らしさの中心であり続けてほしい。また、もっといい音楽家になりたいという想いとともに、世界中から音楽家が集まる場所としてだけではなく、東洋と西洋の文化に変化をもたらす架け橋となる場所でもあってほしいと思います。

Rémi Pelletier(レミ・ペレティエ)
フィラデルフィア管弦楽団、ハドンフィールド交響楽団、モントリオール・メトロポリタン管弦楽団のエキストラ奏者を経て、2007年からモントリオール交響楽団、2013年7月からはニューヨーク・フィルハーモニックのヴィオラ奏者となる。
2011年と2012年の夏にはイタリア国際管弦楽団の客演首席奏者、PMFではヴィオラ奏者のトップ、ニューヨーク・ストリング・オーケストラ・セミナーでは副首席奏者をつとめた。
室内楽奏者としても精力的に活動しており、モントリオール交響楽団の室内楽シリーズをはじめ、ケベック室内楽協会に定期的に客演し、ランデブー・ミュージカル・ドゥ・ラトゥリエールやムジカ・カメラータと共演した。
ケベック州のコンクール、国内のコンテストで優勝するとともに、2003年にはカナダ放送協会/マギル音楽賞を受賞。
ケベック出身。弦楽器のためのアンコアー・スクールとオーフォード芸術センターから奨学金を得る。カナダ放送協会のデビュー・シリーズではリサイタルを行った。キム・カシュカシャン、ロベルト・ディアスのマスタークラスを受講したほか、カーティス音楽院でマイケル・トゥリー、ジョセフ・ド・パスクワーレに師事。マギル大学ではアンドレ・ロイのもとで学ぶとともに、マギル交響楽団で首席奏者をつとめ、ヴィオラ演奏において優秀な成績を収めて卒業した。
趣味
(音楽活動以外は)ヨガ、瞑想、料理、読書、旅行、友人や家族と過ごす時間、写真、新しいダンスを習うこと、映画

vol. 8(2016年10月号)

デニス・トライオンさん

PMF1996

  • 出身国:アメリカ
  • 所属:フィラデルフィア管弦楽団
  • 楽器:ホルン
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写真:デニス・トライオン

vol. 8(2016年10月号)

デニス・トライオンさん

PMF1996

  • 出身国:アメリカ
  • 所属:フィラデルフィア管弦楽団
  • 楽器:ホルン
写真:デニス・トライオン

過去

オーディションに合格し、アカデミー生として音楽祭に参加した当時のPMFの印象や心に強く残っていることは。

写真:デニス・トライオン

1996年にPMFの一員になれたことを、ずっと光栄に思っています。札幌で過ごした時間は素晴らしい思い出で、私は初来日にして日本という国が大好きになりました。みなさんに心から歓迎してもらい、そして、優秀な学生たちと素晴らしい教授陣に囲まれているな、とつくづく感じました。マエストロ、エッシェンバッハとウィーン・フィルの木管、金管、弦の多くの首席奏者のもとで、ホルンのトップとして「コジ・ファン・トゥッテ」を演奏したことは光栄なことでした。PMFの期間中、私はとてもたくさんのことを学びました。

現在

1990年の創設から四半世紀が過ぎ、今では世界中に約3,300人のPMF修了生がいます。PMFは現在のあなたの音楽人生にどのような影響を与えていますか?

写真:デニス・トライオン

正直なところ、PMFでいちばん影響を受けたのは今も世界中にいる仲間たちです。彼らの多くとは連絡を取っていて、旅するときにはいつでも再会できることが素晴らしい。音楽活動を始めた頃を振り返り、愛する音楽を仕事にしている現在の私たちを見ると驚きます。PMFはその変化の大きな部分を占めています。

未来

創設者バーンスタインの思いを受け継ぎ、これからもPMFは音楽を通じて人を育て、多くの人々と音楽の感動を分かちあうことでクラシック音楽文化の発展と世界の平和に貢献したいと考えています。あなたはPMFにはどんな音楽祭であってほしいですか?

写真:デニス・トライオン

もっと教育的なアウトリーチ活動を行うと良いと思います。クラシック音楽の喜びを共有することは、音楽芸術がこれからも長く続いて行くために重要です。アカデミー生たちが練習するのを公開したり、若者の好奇心を刺激し、大人の聴衆も育てるようなアウトリーチ・プログラムを演奏したりするのもいいのではないでしょうか。これは若い音楽家にとって磨くべき大切なスキルであり、クラシック音楽への愛を分かちあうのはきわめて重要なことだからです。

Denise Tryon(デニス・トライオン)
ミネソタ州・ローズビル生まれ。ニューワールド・シンフォニー(1995-98年)、コロンバス交響楽団(1998-2000年)、ボルティモア交響楽団(2000-03年)、デトロイト交響楽団(2003-09年)を経て、2009年に4番ホルン奏者としてフィラデルフィア管弦楽団に入団。コロラド音楽祭、PMFに参加。スウェーデンやノルウェー、ポーランド、日本、アメリカでもリサイタルを行っている。
1989年にインターローケン芸術アカデミーを、1993年にニューイングランド音楽院を卒業。コールマン室内楽コンクールで優勝し、ルチアーノ・ベリオ、ジェルジ・リゲティ、エリオット・カーターといった素晴らしい作曲家と仕事をしたタイヨー・ウインド・クインテットのメンバーとして、在学中にプレジデントスカラシップを得た。
経験豊富な教育者として積極的にマスタークラスも行い、これまでにアメリカ、スカンジナビア、ヨーロッパ、アジアで広く指導にあたっている。
2015年にはソロデビュー・アルバム「SO・LOW」をリリース。アルバムの収録曲として、低音ホルンとピアノのために4曲を委嘱し、新しい作品に取り組んだ。
今年、ドメイン・フォゲット音楽祭(カナダ)の金管コースの教授をつとめる。2007年からはピーボディ音楽院で教鞭をとる。
趣味
テニス、フレンチブルドッグ、タコをこよなく愛しています(食べませんが)。

vol. 7(2016年9月号)

高島 拓哉さん

PMF2000、PMF2003、PMF2004

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写真:高島 拓哉

vol. 7(2016年9月号)

高島 拓哉さん

PMF2000、PMF2003、PMF2004

写真:高島 拓哉

過去

オーディションに合格し、アカデミー生として音楽祭に参加した当時のPMFの印象や心に強く残っていることは。

写真:高島 拓哉

地元北海道で、かねてから憧れだった音楽祭に参加でき、感無量でした。札幌という地に世界中から音楽という共通点を持つ仲間が集まり、密の濃い時間を過ごせたことに感謝しています。もちろん、マエストロや教授陣からもたくさん学びましたが、多国籍の文化を約1ヵ月の共同生活を通して体験できたことが私の視野をぐんと広げてくれました。

現在

1990年の創設から四半世紀が過ぎ、今では世界中に約3,300人のPMF修了生がいます。PMFは現在のあなたの音楽人生にどのような影響を与えていますか?

写真:高島 拓哉

旅が大好きで時間が許される限り旅行をしているのですが、ほぼどこの地を訪れてもPMF仲間に会うことができます。世界中に友達がいる、これほど贅沢なことは無いのではないでしょうか?お互いの近況報告をし、今でも刺激をもらっています。

未来

創設者バーンスタインの思いを受け継ぎ、これからもPMFは音楽を通じて人を育て、多くの人々と音楽の感動を分かちあうことでクラシック音楽文化の発展と世界の平和に貢献したいと考えています。あなたはPMFにはどんな音楽祭であってほしいですか?

写真:高島 拓哉

学生たちが今、何をいちばん必要としているか。そこにフォーカスした音楽祭であってほしいです。演奏曲目、アーティスト、カリキュラム、すべて今現在のニーズに焦点を当てながら組み立てていくことで、さらに素敵な学びの場になることと思います。これからも心からPMFの発展を願っています。

Takuya Takashima(高島 拓哉)
北海道釧路市生まれ。北海道教育大学札幌校芸術文化課程音楽コース卒業。同大学より交換留学生として2000年、フィンランド、シベリウス音楽院へ留学。オーボエをヨウコ・テイカリ氏に師事。同年、フィンランド、ラハティ管楽器コンクール、オーボエ部門にて第1位受賞。2001年、同大学卒業と同時にトゥルク交響楽団入団、シベリウス音楽院入学。2000年、2003年、2004年、PMFにアカデミー生として参加。2005年から2013年まで、同フェスティバルにてオーケストラ/アカデミーマネージャーをつとめる。トゥルク交響楽団首席オーボエ奏者。
趣味
旅行と料理

vol. 6(2016年2月号)

デイヴィッド・エルトンさん

PMF2000、PMF2001

  • 出身国:オーストラリア
  • 所属:シドニー交響楽団
    (首席トランペット奏者)
  • 楽器:トランペット
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写真:デイヴィッド・エルトン

vol. 6(2016年2月号)

デイヴィッド・エルトンさん

PMF2000、PMF2001

  • 出身国:オーストラリア
  • 所属:シドニー交響楽団(首席トランペット奏者)
  • 楽器:トランペット
写真:デイヴィッド・エルトン

過去

オーディションに合格し、アカデミー生として音楽祭に参加した当時のPMFの印象や心に強く残っていることは。

写真:デイヴィッド・エルトン

PMFアカデミー生だった当時のことを思い出すと、心に残る印象がたくさんあります。多分、その中でいちばん強烈に残っているのは、マイケル・ティルソン・トーマスが指揮するマーラーの交響曲第3番の演奏会に出演したことです。不朽の作品とも言えるこの曲を、ロンドン交響楽団やウィーン・フィルの首席奏者たちに囲まれながら、マエストロと一緒に演奏したことは、若手音楽家として心の底から感激した忘れられない記憶です。翌年は札幌芸術の森・野外ステージでマエストロ、佐渡裕による魔法のようなブラームスの交響曲第1番を経験しました。

現在

1990年の創設から四半世紀が過ぎ、今では世界中に約3,200人のPMF修了生がいます。PMFは現在のあなたの音楽人生にどのような影響を与えていますか?

写真:デイヴィッド・エルトン

PMFの期間中には、たくさんの素晴らしい友情が生まれます。そして、幸運なことに私はPMFで出会った友人や仲間と今でも連絡を取りあっています。シドニー交響楽団に所属する数人を含め、国際的に活動するオーケストラやアンサンブルに所属し、世界各地で仕事をしている多くのPMF修了生です。世界中にいる音楽家たちと強いつながりを持っているのはまさに財産で、旅行やコンサートツアーで彼らと再会し、共演するのは信じられないほど嬉しいことです。

未来

創設者バーンスタインの思いを受け継ぎ、これからもPMFは音楽を通じて人を育て、多くの人々と音楽の感動を分かちあうことでクラシック音楽文化の発展と世界の平和に貢献したいと考えています。あなたはPMFにはどんな音楽祭であってほしいですか?

写真:デイヴィッド・エルトン

固有の演奏スタイルや楽曲に対する様々なアプローチを持つ若手音楽家たちが世界中から集まり、一致団結してオーケストラ曲や室内楽を演奏するPMFの取り組みは、これからも演奏者と聴衆の両方を勇気づけていくと思います。切磋琢磨しながら一緒に演奏したという特別な絆は、PMFに参加した年や世代が違っても、私たちみんなが共有できる強力なつながりです。美しく文化の薫り高い札幌の街で、新しい友人や古くからの仲間たちと素晴らしい曲を演奏して一緒に時を過ごす以上の夏なんて、私には思い浮かびません。

David Elton(デイヴィッド・エルトン)
西オーストラリア交響楽団とアデレード交響楽団の首席トランペット奏者を経て、2012年からシドニー交響楽団首席トランペット奏者をつとめる。これまでにマーラー・チェンバー・ブラスとワールドブラスのメンバーとして世界中でツアーに参加し、マーラー・チェンバー・オーケストラ、ニューヨーク・フィルハーモニック、オーストラリア室内管弦楽団、香港フィルハーモニー管弦楽団、シンガポール交響楽団、メルボルン交響楽団など数々のオーケストラで客演首席奏者として出演。
ソリストや室内楽奏者としても定評があり、自身のために書かれたジェームズ・レジャーによるトランペット協奏曲を西オーストラリア交響楽団と世界初演しているほか、オーストラリア室内管弦楽団、アデレード交響楽団、キャンベラ交響楽団と共演し、協奏曲を演奏している。近年はセラフィム・トリオとオーストラリア国内をツアーし、ヨーロッパやアメリカでリサイタルやマスタークラスを開催している。
現在、オーストラリア国立音楽院で金管楽器の指導にあたる。これまでに西オーストラリア・パフォーミングアート・アカデミーの金管セクション主任、シンガポールのヨン・シュー・トー音楽学校で客員教授をつとめた。
オーストラリア・ブラス・クインテットの創設メンバーのひとりであり、オーストラリア・ワールド・オーケストラのメンバーをつとめる。
趣味
長距離走、トライアスロン、コーヒー、そして、よく食べよく飲むことです。

vol. 5(2016年1月号)

田中 知子さん

PMF1995、PMF1996、PMF1997、PMF1999 - PMFインターナショナル・オーケストラ

  • 出身国:日本
  • 所属:香港フィルハーモニー管弦楽団
    (第2ヴァイオリン奏者)
  • 楽器:ヴァイオリン
  • https://tanaka-tomoko.com/
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写真:田中 知子

vol. 5(2016年1月号)

田中 知子さん

PMF1995、PMF1996、PMF1997、
PMF1999 - PMFインターナショナル・オーケストラ

  • 出身国:日本
  • 所属:香港フィルハーモニー管弦楽団(第2ヴァイオリン奏者)
  • 楽器:ヴァイオリン
  • http://tanaka-tomoko.com/
写真:田中 知子

過去

オーディションに合格し、アカデミー生として音楽祭に参加した当時のPMFの印象や心に強く残っていることは。

写真:田中 知子

マイケル・ティルソン・トーマス氏やクリストフ・エッシェンバッハ氏などの素晴らしい指揮者、そしてウィーン・フィルやベルリン・フィルの首席の先生たちから、他ではめったに学べないようなことを集中してたくさん勉強することができて、夢のような音楽祭でした。
野外コンサートの日があいにくの雨になってしまったのですが、聴衆のみなさんが傘をさして熱心に演奏を聴いてくださったことが強く印象に残っています。

現在

1990年の創設から四半世紀が過ぎ、今では世界中に約3,200人のPMF修了生がいます。PMFは現在のあなたの音楽人生にどのような影響を与えていますか?

写真:田中 知子

海外のいろいろな国の演奏家と1ヵ月以上も寝食を共にして、音楽を一緒に作っていくという経験は貴重でした。国によって音楽のアプローチが違ったりするので、本当に勉強になりました。
PMFには95年から97年まで3回参加しました。PMFオーケストラでの経験がきっかけで、様々な人種が集まったオーケストラで演奏していきたいと思うようになりました。香港フィルに入団し、PMF IO(99年の10回記念に修了生で編成したPMFインターナショナル・オーケストラ)のメンバーとして参加させていただいたときは感無量でした。それから、世界中から集まったプレイヤーたちから「PMFは本当に素晴らしいところだね」と言われて誇りに思っています。音楽祭を主催・運営するPMF組織委員会と地域のボランティアの方々のご協力の賜物だと思います。

未来

創設者バーンスタインの思いを受け継ぎ、これからもPMFは音楽を通じて人を育て、多くの人々と音楽の感動を分かちあうことでクラシック音楽文化の発展と世界の平和に貢献したいと考えています。あなたはPMFにはどんな音楽祭であってほしいですか?

写真:田中 知子

北海道の方々が大切にしてきたPMFは、たくさんのプロフェッショナルを生み出し、世界にその想いを伝えています。これからもPMFが末長く続くことを心から祈るばかりです。

Tomoko Tanaka(田中 知子)
熊本県出身。4歳からヴァイオリンを始め、7歳で熊本日日新聞主催の学生ヴァイオリンコンクールで最優秀賞を受賞。また、西日本新人音楽賞受賞、アメリカのニューワールド・シンフォニー・コンクールで優勝し、同オーケストラと共演。
愛知県立芸術大学音楽学部を卒業後、ボストンのニューイングランド音楽院、大学院へ進む。マイケル・ティルソン・トーマス氏が音楽監督のニューワールド・シンフォニーではアソシエイト・コンサートマスターをつとめた。
1995年から3年間、アカデミー生としてPMFに参加し、PMF1997のPMFオーケストラでコンサートマスターをつとめた。
また、日本、香港、韓国、アメリカ、イタリアの各地でソロリサイタルや室内楽コンサートを行っている。
現在、香港フィルハーモニー管弦楽団に所属。
香港では東日本大震災チャリティコンサートをプロデュース。体に障がいのある人たちのために、数多くのチャリティコンサートに出演するなど、積極的にチャリティ活動に取り組んでいる。
これまでに、ヴァイオリンを潮田益子、原田幸一郎、進藤義武、メリールー・スピーカー・チャーチル、ピンカス・ズッカーマンの各氏に師事。
趣味
愛犬・健太(チャウチャウ)との散歩やハイキングの時間を大切にしています。

vol. 4(2015年12月号)

ゲルゲリー・シュガーさん

PMF1994、PMF1996、PMF1997

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写真:ゲルゲリー・シュガー

vol. 4(2015年12月号)

ゲルゲリー・シュガーさん

PMF1994、PMF1996、PMF1997

写真:ゲルゲリー・シュガー

過去

オーディションに合格し、アカデミー生として音楽祭に参加した当時のPMFの印象や心に強く残っていることは。

写真:ゲルゲリー・シュガー

心に強く残る大切な思い出をひとつに絞るのはとてもむずかしいですが、いくつかの出来事はまるで今日起こったかのように鮮明に憶えています。
先ずは、初めて日本に来て成田空港に到着した時、スタッフのトム・ノヴァクさんと川本伸治さんが出迎えてくれました。そこで自分の名前を見た瞬間、本当に驚きました。「さあ、いよいよPMFが始まる。夢が叶ったぞ」という気持ちで圧倒されましたね。
もうひとつ強烈な印象として残っているのは、マエストロ・クリストフ・エッシェンバッハがドヴォルザークの管楽セレナードのリハーサルに現れた時のことです。1994年、私たちは札幌芸術の森にあるリハーサル小屋で練習をしていました。彼はスコアを開いて片手で譜面台にセットし、そして、腕を上げて指揮する前だというのに、一瞬のうちに世界が変わったのです。魔術師が子どもをプロへと変えてしまうかのように、私たちは本物になったのです。コンサートは文字通り私の世界を揺さぶるものでした。

現在

1990年の創設から四半世紀が過ぎ、今では世界中に約3,200人のPMF修了生がいます。PMFは現在のあなたの音楽人生にどのような影響を与えていますか?

写真:ゲルゲリー・シュガー

いちばんは友情と世界中にいる仲間たちと出会えたことですね。そして特別なのは、行く先々でPMFの修了生を見つけ、同じ言葉を話し、一緒に成長したかのような素晴らしい同志だと感じることです。本当にそうなのです。私はフィラデルフィア管弦楽団のデニス・トライオンやサンフランシスコ交響楽団のニッキー・キャッシュと会っても、時間が経った感覚がまるでない…信じられないようなつながりです。

未来

創設者バーンスタインの思いを受け継ぎ、これからもPMFは音楽を通じて人を育て、多くの人々と音楽の感動を分かちあうことでクラシック音楽文化の発展と世界の平和に貢献したいと考えています。あなたはPMFにはどんな音楽祭であってほしいですか?

写真:ゲルゲリー・シュガー

私はコンサートだけではなく、教育プロジェクトとしてのPMFのツアーをヨーロッパ、南米、アメリカで見てみたいです。例えば、世界中の若くて才能あふれる演奏家たちが現地の学校を訪問して素晴らしい音楽を一緒に演奏し、小さな子どもたちと交流し、メッセージを伝えていくという活動の影響を想像してみてください。どこの出身だとか、誰かということはまったく関係なく、このようなプロジェクトをともに実現することは可能だと思っています。

【追記】
PMF1994に参加できて幸運です。美しく、息を飲むほど素晴らしいヴァイオリニストのオルショヤ・コルチョランとPMFで出会い、7年後に結婚しました。現在、私たちはウィーンに住んでいます。妻はコンサートやレコーディングなど国際的に活動をしながら、ウィーンのパルフィ宮殿で私立の音楽院を主宰しています。また、私たち夫婦には10歳になったばかりのナタンというかわいい息子がいます。熱心に練習するチェリストでピアニストであり、はたまた将来はフェンシングのチャンピオンでしょうか。できれば、彼にはいつの日かPMFオーケストラのメンバーになってほしいものです。

Gergely Sugar(ゲルゲリー・シュガー)
ウィーン交響楽団ホルン奏者。自身が参加した1994年、96年、97年のPMFで直接指導を受けたギュンター・ヘーグナー氏の後任として、オーストリアのグラーツ国立音楽大学で教授をつとめる。また、ウィーン交響楽団協会の会長をしながら、同楽団のレコード会社とそのレーベル‘VS’のディレクターを5年間つとめた。
PMF1994、PMF1996とPMF1997ではアカデミー生としてクリストフ・エッシェンバッハやマイケル・ティルソン・トーマス、佐渡裕などのマエストロたちと演奏する素晴らしい機会に恵まれ、その経験はプロとしてのキャリアに多大な影響を与えた。
ハンガリーの首都、ブダペストで生まれ育つ。ウィーン、ブダペスト、グラーツで音楽を学んだ後、ブダペスト祝祭管弦楽団、マレーシア・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン交響楽団のメンバーとなる。
ウィーン交響楽団のメンバーで構成する室内管弦楽団の指揮者として、ホルン奏者として、教育者として、楽都ウィーンで多忙なキャリアを日々楽しんでいる。
趣味
家族や愛する人たちと可能な限り一緒に過ごすようにしています。それ以外の時間はウィーンの街を歩くこと。歩いているうちに道に迷ってしまうのも大好きです。また、ウィーンの街にたくさんあるカフェや書店での時間を楽しんだり、市立公園でのスケート、オーストリアの美しい山々でのスキーを楽しんだりしています。

vol. 3(2015年11月号)

クアンチェン・ルーさん

PMF1999、PMF2001

  • 出身国:台湾(地域)
  • 所属:ニューヨーク・フィルハーモニック
  • 楽器:ヴァイオリン
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写真:クアンチェン・ルー

vol. 3(2015年11月号)

クアンチェン・ルーさん

PMF1999、PMF2001

  • 出身国:台湾(地域)
  • 所属:ニューヨーク・フィルハーモニック
  • 楽器:ヴァイオリン
写真:クアンチェン・ルー

過去

オーディションに合格し、アカデミー生として音楽祭に参加した当時のPMFの印象や心に強く残っていることは。

写真:クアンチェン・ルー

私は1999年と2001年にPMFに参加しました。自分にとってPMFはオーケストラ奏者としての出発点です。PMFでは多くの世界一流の音楽家たちと一緒に音楽を作り上げるチャンスに恵まれ、オーケストラで演奏する経験を得ることができました。また、生涯の友と言うべき、たくさんの人たちと出会ったのもPMFです。

現在

1990年の創設から四半世紀が過ぎ、今では世界中に約3,200人のPMF修了生がいます。PMFは現在のあなたの音楽人生にどのような影響を与えていますか?

写真:クアンチェン・ルー

アカデミー生たちを世界で最も人気のある指揮者や一流のオーケストラ奏者と共演させ、意欲的でワクワクするようなプログラムを演奏するというPMFの取り組みが今も続いていると思います。

未来

創設者バーンスタインの思いを受け継ぎ、これからもPMFは音楽を通じて人を育て、多くの人々と音楽の感動を分かちあうことでクラシック音楽文化の発展と世界の平和に貢献したいと考えています。あなたはPMFにはどんな音楽祭であってほしいですか?

写真:クアンチェン・ルー

これからもPMFの素晴らしい取り組みが、若い演奏家たちの音楽への情熱に希望を与え、多くの人々に美しい音楽を届けてほしいです。音楽の世界では、私たちはみんな同じ言葉で話すことができますね。

Kuan Cheng Lu(クアンチェン・ルー)
23歳の時、ロリン・マゼールに選ばれてニューヨーク・フィルハーモニックに入団。同楽団の175年の歴史で初めて正団員となった台湾出身者である。台湾国際ヴァイオリンコンクールや全米室内楽指導者協会(ASTA)コンクールでの優勝をはじめ、これまでに多数の賞や奨学金を受けている。オーバリン大学(オハイオ州)で学士、マンハッタン音楽院で修士、ニューヨーク市立大学大学院で博士号を取得。ニューヨーク・フィルハーモニック・グローバル・アカデミーと提携しているミュージック・アカデミー・オブ・ザ・ウェストの修了生でもあり、ニューヨーク・フィル前コンサートマスターのグレン・ディクトロウ、第2ヴァイオリン代理首席奏者のリサ・キム、また、建部洋子の各氏に師事。ローランド・ヴァモス、アルミタ・ヴァモス、ダニエル・フィリップス、ユリア・ブシュコヴァ、そして、父であるチャンチー・ルーからもヴァイオリンを学んだ。
マンハッタン・シンフォニーやマンハッタン・フィルハーモニアなど様々なオーケストラでコンサートマスターをつとめる。また、ニューヨーク・フィルハーモニック・アンサンブルのメンバーとしてマーキン・コンサートホールに定期的に出演している。マンハッタン音楽院の大学院課程ではオーケストラ演奏の指導にあたる。
PMFには1999年と2001年にアカデミー生として参加。
趣味
若い音楽家たちに教えること、コンサートのためにソロや室内楽の新しい曲を学ぶこと、フォトアート(写真に向き合うことは絵を描くようなものです。)

vol. 2(2015年10月号)

清水 真弓さん

PMF2006、PMF2007

  • 出身国:日本
  • 所属:南西ドイツ放送交響楽団
    (首席トロンボーン奏者)
  • 楽器:トロンボーン
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写真:清水 真弓

vol. 2(2015年10月号)

清水 真弓さん

PMF2006、PMF2007

  • 出身国:日本
  • 所属:南西ドイツ放送交響楽団(首席トロンボーン奏者)
  • 楽器:トロンボーン
写真:清水 真弓

過去

オーディションに合格し、アカデミー生として音楽祭に参加した当時のPMFの印象や心に強く残っていることは。

写真:清水 真弓

2006年はゲルギエフ氏、2007年はムーティ氏の棒の下で首席奏者として演奏できたことは大変素晴らしい経験でした。やはり1年目はすべてが新鮮だったこともあり、プログラム、アンサンブル、教授陣、どれをとっても強く印象に残っています。同じトロンボーンセクションの仲間が非常に優秀だったので、とても良い刺激を受けました。

現在

1990年の創設から四半世紀が過ぎ、今では世界中に約3,200人のPMF修了生がいます。PMFは現在のあなたの音楽人生にどのような影響を与えていますか?

写真:清水 真弓

PMFの良いところは、日本という舞台で本当に国際的な経験ができるところだと思います。私自身は日本で育ち、現在はドイツを中心にヨーロッパで活動していますが、私にとってアメリカ方面の人々と交流を持てたのはとても興味深かったです。そのまた逆も然りで、多種多様なバックグラウンドの仲間が揃うことで、お互いにとても良い勉強になっていると思いました。また、ユースオーケストラの爆発的な若いエネルギーというのは他では味わえない、とても特別なものだと思います。一期一会のメンバーで二度と無い瞬間を味わえる、幸せな充実した時間だったなと思いました。

未来

創設者バーンスタインの思いを受け継ぎ、これからもPMFは音楽を通じて人を育て、多くの人々と音楽の感動を分かちあうことでクラシック音楽文化の発展と世界の平和に貢献したいと考えています。あなたはPMFにはどんな音楽祭であってほしいですか?

写真:清水 真弓

人々に夢と感動を与え続ける立派な音楽祭であり続けて欲しいです。

Mayumi Shimizu(清水 真弓)
神奈川県出身。10歳よりトロンボーンを始め、春山和雄に師事。慶應義塾大学理工学部物理情報工学科卒業。同大学大学院在学時、半年間のオーストリア、ウィーン留学をきっかけに、音楽・トロンボーンの道を決意。
2005~2010年、フライブルク音楽大学(ドイツ、ディプロム課程)にて、2010~2012年、ベルン芸術大学(スイス、修士・ソリスト課程)にてブラニミール・スローカーに師事。同時に2007~2009年、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団「カラヤン・アカデミー」に所属(日本人で初のトロンボーン)。2009年にはオーストリアで初の女性首席トロンボーン奏者としてリンツ・ブルックナー管弦楽団に就任し、2012年に南西ドイツ放送交響楽団に移籍。
これまで、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、サイトウ・キネン・オーケストラ、バッハ・コレギウム・ジャパンなどで演奏。ソロ、室内楽、オーケストラと幅広く活動を行っている。
PMFには2006年と2007年にアカデミー生として参加。
趣味
タップダンス、サイクリング(ドナウ川沿い限定)、美味しいレストラン探し

vol. 1(2015年9月号)

ジェイコブ・ニスリーさん

PMF2004、PMF2005

  • 出身国:アメリカ
  • 所属:サンフランシスコ交響楽団
    (首席パーカッション奏者)
  • 楽器:パーカッション
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写真:ジェイコブ・ニスリー

vol. 1(2015年9月号)

ジェイコブ・ニスリーさん

PMF2004、PMF2005

  • 出身国:アメリカ
  • 所属:サンフランシスコ交響楽団(首席パーカッション奏者)
  • 楽器:パーカッション
写真:ジェイコブ・ニスリー

過去

オーディションに合格し、アカデミー生として音楽祭に参加した当時のPMFの印象や心に強く残っていることは。

写真:ジェイコブ・ニスリー

いちばんの思い出はPMF2004でスネアドラム奏者として、ワレリー・ゲルギエフ氏とショスタコーヴィチの交響曲第11番を演奏したこと。札幌コンサートホールKitaraとサントリーホールの公演で経験したPMFオーケストラのあの一体感は今でも忘れられません。

現在

1990年の創設から四半世紀が過ぎ、今では世界中に約3,200人のPMF修了生がいます。PMFは現在のあなたの音楽人生にどのような影響を与えていますか?

写真:ジェイコブ・ニスリー

PMFは自分がワールド・クラスのオーケストラで初めて演奏する機会になっただけでなく、初の海外経験でもありました。2004年と2005年の夏の音楽的な体験にとどまらず、PMFに参加したからこそ、今の自分には世界中に仲間がいます。ちょうど先週もツアーでベルリンに行った際、PMF2004以来ずっと会っていなかった同窓にばったり遭遇しました。

未来

創設者バーンスタインの思いを受け継ぎ、これからもPMFは音楽を通じて人を育て、多くの人々と音楽の感動を分かちあうことでクラシック音楽文化の発展と世界の平和に貢献したいと考えています。あなたはPMFにはどんな音楽祭であってほしいですか?

写真:ジェイコブ・ニスリー

国籍や背景が違っても、一緒にいる時間が限られていても、音楽という同じ目標があればひとつになれるのだと、世界中の若い音楽家たちに勇気と自信を与えながら、PMFにはこれからも芸術的な高みを目指す音楽祭であってほしい。音楽は言葉の壁を越える強力な手段ですから。

Jacob Nissly(ジェイコブ・ニスリー)
クリーヴランド管弦楽団とデトロイト交響楽団の首席打楽器奏者を経て、現在はサンフランシスコ交響楽団の首席打楽器奏者。これまでにシカゴ交響楽団やメトロポリタン歌劇場管弦楽団、ヒューストン交響楽団の演奏会に出演。2011年からはイーストマン音楽院で打楽器の准教授として教壇にも立つ。
また、ジュリアード音楽院やミシガン大学、インディアナ大学、ノースウェスタン大学、クリーヴランド音楽院、そしてスイスのヴェルビエ音楽祭のミュージック・キャンプでもクラスを担当している。PMFには2004年と2005年にアカデミー生として参加。
趣味
趣味 マラソン、読書、美しい海辺の景色を楽しむこと。

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