PMFの魅力を語る リレーエッセイ

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メール配信サービス"PMF MUSIC PARTNER"で連載しているコーナーです。
各界で活躍中の方々が独自の視点や体験から
国際教育音楽祭パシフィック・ミュージック・フェスティバルの魅力を綴ります。
"筆のバトン"をどうぞお楽しみに!

PMFの魅力を語るリレーエッセイでゆったり

  • 2015年8月号
    PMFオーケストラ、もっと弾けよう!音楽評論家 
    東条 碩夫

    芸術監督ゲルギエフの指揮によるPMFオーケストラの仕上げ演奏会は、ロッシーニの「ウィリアム・テル」序曲、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」、ショスタコーヴィチの「交響曲第10番」というプログラム。札幌2回、横浜・東京各1回が開催された。

    ゲルギエフの本領は、予想通り「10番」で最大限に発揮された。作曲者自身や、その恋人エルミーラの主題などを際立たせて作品の中心テーマを明確に描き出し、緊迫感と熱狂をつくり出す手腕は、やはり圧倒的なものである。また協奏曲でも、若手のソリスト、マスレエフを、まるで父親のように微笑ましくサポートしていた。
    「10番」に関する限りは、Kitaraでの演奏(8月1日)が最高の出来を示していただろう。これは、キュッヒルがコンサートマスターを務め、各教授陣も参加して活躍していたせいもある。演奏は熱気にあふれていた。━━逆に言えば、キュッヒルらが参加していなかった横浜・東京での演奏会、および全公演を通じての「10番」以外の曲目では、アカデミー生の実力が問われたわけだが・・・・筆者の聴くところ、それらの演奏は正確で真面目なものではあったものの、一方では意外なほどおとなしく、音に色彩感が不足し、地味なものになっていた印象は拭いきれない。
    やはり望むべくは、第一に、芸術監督との練習時間がもっと充分に取れること。そして、アカデミー生たち自身にも、さらなる若々しい自主性があっていいのでは?これらは来年への課題であろう。
    かつてアカデミー生たちは、ゲルギエフがショスタコーヴィチの「11番」やチャイコフスキーの「5番」の交響曲を指揮した時には、プロをもしのぐ水準の演奏を示していたではないか。準・メルクルとの東京公演の「幻想交響曲」でも、そうだった。また昔は、カーテンコールでは、いつも足で床を踏み鳴らし、元気に互いを称えあっていたではないか。
    そういうPMF本来の若い情熱を、また期待しよう。

    著者紹介

    音楽評論家 東条 碩夫(とうじょう ひろお)

    早稲田大学卒。1964年FM東海(のちのFM東京)に入社、「TDKオリジナル・コンサート」「新日フィル・コンサート」など同社のクラシック番組の制作全体に携わる。1975年文化庁芸術祭大賞受賞番組(武満徹作曲「カトレーン」委嘱)制作。FM静岡編成制作部長、FM東京制作一課長、「ミュージックバード」(CS−PCM衛星デジタル・ラジオ)編成部長等を歴任。現在はフリーの評論家として新聞・雑誌等に寄稿、TV、FM番組に出演。著書に「朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る」(音楽之友社刊)、「伝説のクラシック・ライヴ」(TOKYO FM出版)他、共著多数。

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  • 2015年7月号
    色褪せない記憶NHK交響楽団ファゴット奏者 
    佐藤 由起

    NHK交響楽団に入団してから7年目に入りました。日々オーケストラの中で音楽に浸かり、幸せな日々を過ごせている私の原点は、やはりPMFに参加出来たことではないかと常々思っています。2006年と2007年の7月、札幌で過ごした期間は本当に忘れられない貴重な体験をたくさんさせてもらいました。

    何と言ってもPMFの魅力は、初めて会った人と音楽を通じて理解し合い、音楽だけに集中出来る環境で皆が同じ目標に向かって1ヵ月間、取り組めるところにあると思います。各国で開催されるオーディションを合格して参加してくる優秀な人たちの集まりですから、お互いがライバルでもあり良き理解者でもある、言葉が通じないということは何の問題もなく、良いものを作り上げよう、より多くのことを吸収しようとする熱意で通じ合えるあの感覚は、PMFでしか経験出来ないのではないかと思います。また教えて下さるコーチの豪華さ、超一流の指揮者と共演できる環境は本当に貴重です。私はPMFでゲルギエフ、ムーティの演奏会に参加しましたが彼らのオーラ、全てを見透かされているような眼光、奏でられる音は何年経っても私の中で色褪せません。いつもこのような経験をしていたい、オーケストラにずっと関わっていたいと思えたのは全く自然なことだったと思います。
    未だにPMFで会った仲間とは連絡を取り合っています。きっと一生の友達だと思います。何年か前のN響海外ツアーでモントリオールに行ったときに偶然PMFで一緒だった友達に会いました。お互いびっくりして心から再会を喜びました。彼は今、ニューヨーク・フィルハーモニーで活躍しています。
    きっとこれからも音楽を通してたくさんの喜びや幸せを経験すると同時に、苦労や悩みにも遭遇するでしょう。そんな時にPMFで培われた気持ちを思い出し、いつも前向きに音楽と向き合えるよう自分をしっかり持っていきたいと思います。

    佐藤 由起

    著者紹介

    NHK交響楽団ファゴット奏者 佐藤 由起(さとう ゆき)

    桐朋学園大学卒業後、シドニー大学大学院修了。2006年と2007年、PMFに参加。
    第21回日本管打楽器コンクール第2位入賞。
    NHK交響楽団ファゴット奏者。
    洗足学園大学非常勤講師、東京芸術大学室内楽講師。

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  • 2015年6月号
    世界に広がる「SAPPORO PMF」のネットワーク音楽ジャーナリスト 
    池田 卓夫

    1990年夏の札幌。天から降ってきた贈り物のように20世紀楽壇の巨人、レナード・バーンスタイン(愛称レニー)が国際教育音楽祭のパシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)を始めた。レニーは同じ年の秋に亡くなったので、壮大な構想の一端しか伝えられなかったが、それでも残された力の限りを振り絞り、シューマンの「交響曲第2番」のリハーサルを繰り返し、全身全霊で指揮した「思い」は今も蕩々と、根幹に流れている。

    最初は「札幌市民への還元度が低い」「北海道出身者が少ない」と批判され、「単なる貸座敷ではないか」との疑念も払拭できなかった。これは、実に了見の狭い発想である。何よりヨーロッパや南北アメリカ、アジアからオーディションを経て集まった音楽学生がプロフェッショナルなキャリアを歩み出す前後数年間、夏の札幌で行動をともにし、日本人や日本文化、あるいは日本食とじかに触れる意義は計り知れないほど大きい。四半世紀を経過した今、世界各地のオーケストラの首席奏者やコンサートマスター、音楽大学の指導者にPMF出身者が散らばり、日本と北海道、札幌の良いイメージを広めている。やがては、彼らの生徒や子どもたちがPMFを目指し、ネットワークはどんどん強力になっていく。
    もちろん指導内容に関しても、アメリカ合衆国のタングルウッドやドイツのシュレスヴィヒ=ホルシュタインなど、欧米の国際教育音楽祭とはひと味違うユニークさがPMFにはある。それは教授陣の顔ぶれだ。札幌ではウィーンとベルリン、北米のそれぞれに異なるオーケストラ文化を担う名手たちが複数のチームを組み、アカデミー生の指導に当たる。1ヵ所で3種類の奏法を学べるメリットも、もっと知られていい。札幌芸術の森の芝生で大勢の市民がくつろぐピクニックコンサートの魅力?それはもう市民が熟知して存分に楽しんでいるので説明の必要はないし、心底、うらやましいと思う。

    著者紹介

    音楽ジャーナリスト 池田 卓夫(いけだ たくお)

    早稲田大学政治経済学部卒業。新聞記者となりフランクフルト支局長などを経た後、文化部編集委員を長くつとめた。コンサートの制作や司会、コンクールの審査なども手がける。

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  • 2015年5月号
    夏の思い出札幌交響楽団コンサートマスター 
    大平 まゆみ

    短期間の素晴らしい経験がその人の人生を大きく変えてしまう...学生時代に参加したアメリカのタングルウッド音楽祭が、私にとってはまさにそれだった。留学して1年が経ち、やっとアメリカでの学生生活にも慣れた頃に飛び込んでいった音楽祭。世界中の若くて活気に満ちた音楽家たちが集まり、バーンスタイン、小澤征爾、テンシュテット...という世界一流の指揮者のもとで音楽三昧の2ヵ月間。ボストン交響楽団との共演もあり、コンサートマスター、シルバースタイン氏にプライベートレッスンも受けた。室内楽、演奏会に明け暮れる毎日は夢のように過ぎていった。プロの演奏家になるということはこういうことなのだ、とその世界を垣間見て強く憧れた。

    1990年にバーンスタインにより札幌でスタートしたPMFは世界的にも大きな話題になり、当時東京に住んでいた私も興味を持っていろいろな記事を読んでいた。まさか自分がその札幌に住むことになり、札響をとおしてPMFに参加したり、毎夏そのコンサートを楽しめるようになるとは予想もできなかったことだ。 高レベルでエネルギッシュな演奏には毎年強烈な刺激を受けている。中でも忘れられない演奏は、リッカルド・ムーティ指揮のシューベルト交響曲第9番「ザ・グレイト」(PMF2007)。とても長い大曲なのだが、美しく、生き生きとした演奏に、ぐいぐいと引き込まれていった。私がオーケストラの演奏を聴いて涙した唯一のコンサート、今思い出しただけでもその余韻に浸ることができる。今年はどのコンサートに行けるか、スケジュール表とにらめっこしている。そして、どんな素晴らしいプレーヤーを聴くことができるか、とても楽しみだ。今年のPMFもたくさんの若い演奏家たちの人生を大きく変えることになるだろう、と思うとワクワクする。心から応援している。

    大平 まゆみ

    著者紹介

    札幌交響楽団コンサートマスター 大平 まゆみ(おおひら まゆみ)

    仙台市出身。東京芸術大学附属音楽高等学校卒業、同大学入学3ヵ月後にアメリカ、サンフランシスコ音楽院に招待留学。コールマン室内楽コンクール第1位、タングルウッド音楽祭では最優秀ヴァイオリニストとしてシルバースタイン賞を受賞。数々のオーケストラのゲストコンサートマスターを経て、1998年に札幌交響楽団のコンサートマスターに就任し現在に至る。音楽の力をもっと多くの方に伝えられるよう、病院や施設での演奏、講演会など、年間250回もの公演を精力的に活動中。

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  • 2015年4月号
    四半世紀前のあの日あの時プロデューサー 
    田中 泰

    パシフィック・ミュージック・フェスティバル(以下PMF)を想うとき、真っ先に頭に浮かぶのは、やはりレナード・バーンスタインの面影だ。昨年25年の節目の年を迎えたPMFのスタートは1990年。当時「チケットぴあ」のクラシック担当だった私は、東京におけるバーンスタインの来日公演騒ぎに気圧されて、札幌の地で産声を上げた音楽祭に構う余裕など全くなかったことが思い出される。

    今や伝説となった最後の東京公演もさることながら、バーンスタインが自らの寿命を削るかのようにして遺していった北の地の音楽祭こそが、その後のクラシック界にどれだけ意味深いことだったのかを知る由もなかった自分が情けない。それが理解できるようになったのは、10年、15年と歳月を積み上げながら、着実に進化し続けたPMFが、日本のフェスティバルの中でもとりわけ大きな存在感を示し始めた頃からだろうか。そして"百聞は一見に如かず"、札幌に足を運び、実際に体験してみたPMFは、まさに想像以上の素晴らしい時間を体験させてくれたのだ。札幌芸術の森・野外ステージの芝生に寝転んで聴く音楽の楽しさや、大通公園の賑わいの中で聴く音楽のたくましさ。そのどちらにも、常に札幌の美味しい食材の香りが結びつく。そして、札幌コンサートホールKitaraのステージで、指揮者を見つめる若者たちの熱く真剣な眼差しの数々。何もかもが、ここでしか味わうことのできない夢のような出来事だった。バーンスタインは、果たして四半世紀後のPMFの姿を見据えていたのだろうか。PMFから巣立った多くの若者たちが、世界中のコンサートホールで喝采される姿を予見していたのだろうか。もしもタイムマシンがあったなら、四半世紀前のあの日あの時、東京で最後の力を振り絞っていたバーンスタインの元に駆け寄って、「あなたが植えた音楽という名の苗木は、北の大地で立派に育ち、素敵な花を咲かせることになりますよ」と囁きたい。

    著者紹介

    プロデューサー 田中 泰(たなか やすし)

    1957年横須賀生まれ。1988年ぴあ(株)入社以来一貫してクラシックジャンルを担当。
    2009年(株)スプートニクを設立して独立。
    J-WAVE「モーニングクラシック」「JAL機内クラシック・チャンネル」の構成などを通じてクラシックの普及につとめている。
    一般財団法人日本クラシックソムリエ協会代表理事。

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  • 2015年3月号
    PMF2015への期待北海道情報大学教授 
    三浦 洋

    ここ札幌では、例年3月から4月上旬にかけて、まだまだ雪の舞い降る日が多い。桜前線の到来などずっと未来のことのように思われているうちに、音楽愛好者の間ではPMFの話題が次第に広がって、一気に思いは夏の音楽シーズンへと至る。いわば、音楽の緑風を運ぶ「PMF前線」が桜前線を追い越してしまうような感じなのだ。

    さて、26回目となるPMFは、なんといっても新たに芸術監督に就任するワレリー・ゲルギエフが最大の注目の的になるだろう。マエストロはこれまでにもPMFに2度登場し、2004年にはショスタコーヴィチの交響曲第11番、2006年にはチャイコフスキーの交響曲第5番を指揮した。そのときの生気に富んだ演奏は、今でもありありと思い出せる。1つの巨大な生き物と化したPMFオーケストラが、強烈なエネルギーをほとばしらせたショスタコーヴィチ。アカデミー生たちのひたむきな演奏によって、叙情美に若々しい情熱が加わったチャイコフスキー。世界から集った若手演奏家たちのゲルギエフに注ぐ熱い視線が、そのまま総奏に結集したかのような響きだった。
    もしもゲルギエフが、単に一流オーケストラを自在に鳴らせるというだけの存在であれば、国際教育音楽祭であるPMFとの縁は必ずしも深まらなかっただろう。しかし、トレーナーとしての実力が過去2度の出演で証明されている今では、この夏取り組まれるショスタコーヴィチの交響曲第10番に期待が高まる。作曲家がソ連当局から批判を受け、8年の沈黙後に世に送った交響曲をどう解釈し、どう若手演奏家たちに作品世界を表現させるか、極めて楽しみだ。
    いや、楽しみはそれに尽きない。オーケストラの他に、指揮と声楽を指導するアカデミーがそれぞれ設けられる今夏は、アカデミー生たちの多面的な力が発揮されるステージになるだろう。指揮法の指導者が名匠デイヴィッド・ジンマンというのも、大いに期待を膨らませる。聴き手の一人として、心して成果発表に耳を傾けたい。

    著者紹介

    北海道情報大学教授 三浦 洋(みうら ひろし)

    北海道大学大学院文学研究科修了。
    現在、北海道情報大学情報メディア学部教授。
    大学では芸術論、メディア論などを担当。

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  • 2016年8月号
    美音が導く音楽祭の効能音楽評論家 
    奥田 佳道

    トップアーティストの音が、伸び行く才媛、俊英を高みに導く。これが、これぞ国際教育音楽祭の効能だ。
    8月9日の夜、鬼才レオニダス・カヴァコスのヴァイオリンに魅了された。無名時代から日本を訪れ、近年は指揮者としてもキャリアを築くカヴァコス。
    PMFの芸術監督ワレリー・ゲルギエフの、妖しい指先に導かれ、ブラームスの協奏曲を弾いた。当初発表には見当たらなかった「追加」プログラムである。

    つややかな美音が、大人の音楽が、満場のサントリーホールを満たす。素晴らしい。腕に覚えのあるオーケストラの面々は、この「響宴」だけでもPMFに参加した甲斐があったのではないか。
    メンデルスゾーンの交響曲第4番イ長調「イタリア」、ブラームスの協奏曲ニ長調、ショスタコーヴィチの交響曲第8番ハ短調による最終公演。3時間に及ぼうかという長篇プログラムは、いかにもゲルギエフらしい。彼の好みだ。いつものやり方である。しかし、夜7時開演でコンチェルト終わりが8時19分、アンコールのバッハ後、休憩に入ったのが8時半ゆえ、ゲルギエフとPMFオーケストラの看板であるショスタコーヴィチの大作を聴かないで席を立ったビギナーのファンも見受けられた。
    重量級のプログラム。ゲルギエフ好きやクラシック・ファンはもちろん大歓迎だ。夏休みの華、非日常の祝祭でもある。しかし、これからオーケストラのコンサートを楽しもう、評判のPMFを体感しよう、という近未来の聴き手やサポーターに、さてこの長丁場はどう映ったか。何らかの告知や案内、いやそれ以上に、どう魅せる、見せるかという音楽祭側のプロデュース力が必要ではなかったか。
    昨年はやや一気呵成、力技で押し切ったゲルギエフだったが、今年はオーケストラに多彩な音色と歌を授けるべく、ステージの中央でしなやかに舞い、祈りを捧げていた。摩訶不思議な浮遊感も今にも止まりそうなラルゴも聴こえてくる。ゲルギエフとPMFの交歓は来年も続く。

    著者紹介

    音楽評論家 奥田 佳道(おくだ よしみち)

    1962年東京生れ。ヴァイオリンを学ぶ。ドイツ文学、西洋音楽史を専攻。ウィーンに留学。多彩な執筆、レクチャーのほか、NHK-FMの「オペラ・ファンタスティカ」やNHKラジオ深夜便「奥田佳道のクラシックの遺伝子」などに出演中。

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  • 2016年7月号
    そこには音楽だけでは語れない夏がある!東京交響楽団 首席ホルン奏者 
    ジョナサン・ハミル

    私がPMFで過ごした3度の素晴らしい夏を振り返る時、このフェスティバルがどれだけ自分に音楽を超越した影響を与えてくれたのかを直ぐに実感することができます。アメリカ人の若い金管楽器奏者たちの多くがそうであるように、私の夢も音大卒業後にアメリカの主要オーケストラで仕事を得ることでした。そこで私はPMFに参加し、演奏経験を得ることがゴールに向けての大きな一歩だと考えました。実際、その通りになったのです!

    1999年に「ボレロ」を佐渡裕指揮、2000年には「マーラー交響曲3番」をマイケル・ティルソン・トーマス指揮のもとで演奏し、また、世界的に有名な多くの音楽家たちから直接指導を受けました。これらはこのフェスティバルでのごく一部のハイライトに過ぎませんが、PMFは音楽家である自分に絶えず影響を与える経験となりました。
    ところが、PMFで得た人生経験は私にもっと大きな影響を与えることになりました。その結果として、私の就職目標が変わったのです。1999年にPMFで初めての夏を終えてニューヨークに戻った時、私はもうアメリカの主要オーケストラで演奏したいとは思わなくなっていました。それよりも日本に住んで日本のオーケストラで演奏したいと思ったのです。
    美しい札幌の街、コンサートやそれ以外の場所でも私たちを温かく受け入れてくれた日本人の方々、そして、日本という国から感じた総体的なエネルギーはずっと変わらぬ印象となって私の中に残りました。PMFの夏を2度経験し、3度目となるPMFでの最後の夏が始まる前に私はオーディションを受けました。そして、東京交響楽団で首席ホルン奏者としての職を得ることができました。現在も同じポストで16期目のシーズンに入り、これからもずっとPMFが私に与えてくれた、人生を変えた経験に感謝していきたいと思います。

    ジョナサン・ハミル

    著者紹介

    東京交響楽団 首席ホルン奏者ジョナサン・ハミル

    アメリカ合衆国フロリダ州生まれ。ニューヨークのジュリアード音楽院を卒業。フロリダ管弦楽団のC. ウァール、メトロポリタン歌劇場管弦楽団のJ. ランズマン、 シカゴ交響楽団のD. クレヴェンジャーの各氏に師事。1999年にシビック・オーケストラ・オブ・シカゴで1年間研鑽を積む。また、1999年から2001年まで3年間にわたり、パシフィック・ミュージック・フェスティバルに参加。その他にも、国内外問わず数多くの音楽祭やツアーに参加。第71回日本音楽コンクール・ホルン部門第2位。現在までに、シカゴ交響楽団、ロンドン交響楽団、ニュージャージー交響楽団、フロリダ交響楽団、NHK交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、札幌交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、関西フィルハーモニー交響楽団、中部フィルハーモニー交響楽団などと共演。ホルン講師としても、ドルチェ楽器音楽教室、ブリティッシュスクール、エリザベト音楽大学で、後進の指導にあたっている。つの笛ホルン集団のメンバーとしても活躍中。現在、東京交響楽団首席ホルン奏者。

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  • 2016年6月号
    バーンスタインが残してくれたもの指揮者 
    佐渡 裕

    バーンスタインがこの世を去り、早くも四半世紀以上。当時はまだまだ駆け出しだった私だが、今この歳になったからこそ分かる彼の偉大さがあり、あの頃よりさらに何倍も大きくバーンスタインを思い返す。
    1988年から2年間、ウィーンでバーンスタインの元で勉強していた。その時「あなたにとって、今までで一番素晴らしい舞台は何か?」と質問したことがあった。「子供達のためのコンサートを作ったこと」というバーンスタインの答えに、当時の私は本気で冗談を言っているのだと思う程驚いた。当然ウィーン・フィルやニューヨーク・フィルなどと創った数々の歴史的名演を挙げると思ったから。けれどその言葉どおり、彼は1990年PMFの開会式でも「自分の残された時間を教育に捧げる」と力強く宣言したのだった。

    北海道に着いたバーンスタインは憔悴しきっているように見えた。指揮をしながら咳き込み、楽屋では足を投げ出して、言葉数も少なかった。けれどあの夏、私を含めてPMFに集った若い音楽家達全員が、スーパースターの指揮姿に魅了され、彼が全身全霊で作る音にただただ引き込まれた。次の世代へ何かを残すこと、それが彼の偉大な人生において、最も誇らしく、最も大きな義務であり真の喜びなのだと知ることが出来た。あれだけ才能のあった人が、全力で我々に伝えてくれたあの美しい姿を私は忘れない。
    バーンスタインの遺志は引き継がれ、PMFの卒業生は文字通り世界中で活躍をしている。私がPMFに対して願うのは、どんな時も本当に音創りに対して厳しい音楽祭であってほしいということ。そして、その為には、ただ名声のあるアーティストを呼ぶのではなく、若い音楽家と常に真摯に向きあう音楽家を招かなくてはならない。
    経済的にはこうした音楽祭に対して厳しい時代になっている。音楽祭の成果はすぐに形として表れないが、参加者にも、聴衆にとっても、人生の中でひときわ輝く、一生の宝物を生むことがある。これからの音楽祭にはこうした事の大切さ、失われてはいけない魅力を力強く語れる人材と、それを理解した上でのサポートが必要だと思う。

    佐渡 裕

    著者紹介

    指揮者 佐渡 裕(さど ゆたか)

    京都市立芸術大学卒業。故レナード・バーンスタイン、小澤征爾らに師事。1989年ブザンソン指揮者コンクール優勝。1995年第1回レナード・バーンスタイン・エルサレム国際指揮者コンクール優勝。
    現在、パリ管弦楽団、ベルリン・ドイツ交響楽団、ケルンWDR交響楽団、バイエルン国立歌劇場管弦楽団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ロンドン交響楽団、北ドイツ放送交響楽団等、欧州の一流オーケストラに毎年多数客演を重ねている。
    2015年9月より、オーストリアを代表する108年の歴史を持つトーンキュンストラー管弦楽団音楽監督に就任し、欧州の拠点をウィーンに置いて活動している。
    オペラ公演でも海外での実績を重ねており、2003年エクサンプロヴァンス音楽祭での「椿姫」(演奏:パリ管弦楽団)、2007年<オランジュ音楽祭>「蝶々夫人」(演奏:スイス・ロマンド管弦楽団)、トリノ王立歌劇場の2010年「ピーター・グライムズ」、2012年「カルメン」、2015年「フィガロの結婚」などがある。
    国内では兵庫県立芸術文化センター芸術監督、シエナ・ウインド・オーケストラの首席指揮者をつとめる。「ドヴォルザーク:交響曲第9番<新世界より>(ベルリン・ドイツ交響楽団)」「ベートーヴェン:交響曲第5番<運命>/シューベルト交響曲第7番<未完成>(ベルリン・ドイツ交響楽団)」「佐渡裕 ベルリン・フィル・デビューLIVE」などCDリリースは多数あり、最新盤としてトーンキュンストラー管弦楽団を指揮した「R. シュトラウス<英雄の生涯>/<ばらの騎士組曲>」を2016年3月にリリース。著書に「僕はいかにして指揮者になったのか」(新潮文庫)、「僕が大人になったら」(PHP文庫)、「棒を振る人生〜指揮者は時間を彫刻する〜」(PHP新書)など。

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  • 2016年5月号
    札幌が原点NHKアナウンサー 
    佐藤 龍文

    日々「言葉」で事実や思いを伝える仕事をしている私。音楽には、その曲を作った作曲家の思いが楽譜に詰まっていると感じます。加えて、その時々に、演奏する1人1人のそれぞれの思いが込められて「音を奏でる」。ですから、奏でられる音だけでなく、そうした表情・雰囲気を含めてクラシックに魅かれています。

    初めて興味を持ったのは、中学生時代。エルガー作曲の行進曲「威風堂々」第1番です。流れていたのはプロレス会場。ランディ・サベージというプロレスラーの入場曲に使われていたのです。雰囲気が一変するゾクゾクと鳥肌が立つような興奮を覚えて以来、今でも好きな曲です。
    そんな私が、PMFに触れたのは2006年:17回目の開会式の司会でした。間近で触れるクラシック、そして夏の日差しを浴びながら演奏を楽しむ観客の皆さん・・・。一体となった会場に正直、飲み込まれました。
    25回目の節目を迎えたおととし:2014年は、私自身が2回目の札幌勤務となった年。5月に佐渡裕さんのトークショーを取材・インタビューした際、「機会があればいつでもPMFに戻ってきたい」と話していた佐渡さんが、PMF2014で急遽指揮をつとめることになりました。
    PMFで学ぶ北海道出身のアカデミー生を含め取材を続けました。佐渡さんが加わって初めてのリハーサル、Kitaraでのコンサート、そして・・・芸術の森のピクニックコンサート。演奏を終えて、汗びっしょりになりながらも達成感あふれる笑顔が印象的でした。同時にその表情は「帰ってきた」と語っているようにも感じました。
    四半世紀以上にわたって札幌の街とともに歩みを続けてきたPMF。佐渡さんをはじめ、この舞台で学んだ皆さんが再び帰ってきます。いわば「帰りたくなる。原点」のような場所なのかもしれません。そんな「原点」に向き合うPMFの皆さんの奏でる音色を聴きたくなりました。札幌は、ニュースを担当し始めた私自身の「原点」でもありますから・・・。

    佐藤 龍文

    著者紹介

    NHKアナウンサー 佐藤 龍文(さとう りゅうぶん)

    岩手県花巻市出身。「辰」年の「文」月生まれでこの名に。早稲田大学第一文学部卒業後、平成11年(1999年)にNHK入局。
    山形・札幌・東京を経て現在、再び札幌で勤務。平日夕方の「ほっとニュース北海道」を担当。

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  • 2016年4月号
    バーンスタイン氏の印象株式会社ザ ニドム 代表取締役社長 
    石川 修一

    氏は、体調不良の状態でニドムに到着し、チェックインするとすぐに床に就き丸2日間眠り続けました。
    私は、大変心配になり2日後にお部屋に伺ってみると、トムトム湖沿いに散歩に出かけていらっしゃいました。ニドムが私を蘇らせてくれたと、大変感激し、それからは、PMF以外どこにも出かけずに、ご滞在中ずっとニドムで過ごし、当ホテルの料理を喜んで召し上がってくださり、大変リラックスされていらっしゃいました。「最終日には東京には行きたくない」と言い残し、もっとゆっくりしたいと残念がっていたご様子がいちばん印象的でありました。その年の10月にご逝去されたと聞いた時は、大変驚き、また残念でなりませんでした。氏にとってニドムは最後の楽園であったのでしょう。

    ホテルニドムの歴史は、巨匠バーンスタイン氏から始まりました。
    毎年PMFの季節になると、氏がご滞在された時の事を思い出し、氏が残していってくれた数々の思い出が我々の心を感動させ、また奮い立たせてくれます。
    皆様もぜひ、バーンスタインが蘇ることができたニドムを体感してみてください。氏が過ごした「ヴィラペレカムイ」は、木の宝石と言われているフィンランド産の樹齢数百年のシルバーパインで造られております。そこには氏を偲ぶことができるメモリアルホールがあり、当時の写真や氏が作曲してくださった『ニドムに捧げる歌』の楽譜等が飾られております。現在、ホールは「森の教会」として使用しておりますが、氏が奏でたベーゼンドルファーが当時のまま置かれており、蓋をあけると直筆のサインもご覧いただけます。
    一歩外へ出て、トムトム湖沿いを歩いてみれば、26年前に氏の体を満たした澄んだ空気が今も皆さんを包んでくれることでしょう。氏が腰を下ろして思索にふけったベンチに座って目をつぶると、様々なシーンが蘇ってくるような気がいたします。
    歩くのもやっとだったお姿、豪快に笑っているお姿、おしゃれでお茶目なお姿、とっても美味しそうにお食事されているお姿、楽しそうにダンスしているお姿、難しい顔をして譜面を見ているお姿・・・すべてが私の宝です。

    バーンスタインの聖地、ニドムより
    石川 修一

    著者紹介

    株式会社ザ ニドム 代表取締役社長 石川 修一(いしかわ しゅういち)

    昭和7年2月20日生まれ。苫小牧市内で昭和48年に不動産業を営むヒロユキ観光株式会社を設立した後、昭和61年に株式会社ザ ニドムを設立し、ニドムリゾート建設に着手。
    昭和63年にニドムクラシックコース(現45ホール)を開業する。
    平成2年にはホテルニドムを開業し、現在に至る。

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  • 2016年3月号
    PMFオーケストラのコンサートでは音楽ライター 
    小田島 久恵

    PMFオーケストラのコンサートでは、いつも奇跡が起こる。毎年、東京でのファイナル・コンサートを聴いているが、札幌で有意義な1ヵ月を過ごし、演奏家としても人間としても大きな成長を遂げた若者たちが奏でる「ひと夏の成果」は、プロフェッショナルなオーケストラとは別の感動を伝えてくる。

    世界中から集まった多種多様なバックグラウンドをもつメンバーが、心をひとつにして至高の芸術を作り上げていく様子は、特別なものだ。東京でのコンサートの後、ステージでお互いに抱き合って貴重な瞬間を愛おしむ若者たちを見て、何度涙ぐんだことか。
    バーンスタインは巨大な指揮者であったが、晩年にスタートさせたPMFには、彼の揺るぎない世界意思が集約されている。偶然にもバーンスタインの交響曲第3番『カディッシュ』(歴史的ホロコーストがテーマ)のライヴ演奏を聴いた後、この原稿を書いているが、バーンスタインは何よりも「命」を大切にし、人間の権利を守ろうとした芸術家だった。「ヤング・ピープルズ・コンサート」を筆頭に若い演奏家たちを支援し、生涯を通じてまだ世に出ていない才能を救おうと情熱的な活動を続け、最期に命がけでPMFをスタートさせた。創立から26年が経ち、ここから巣立った若者たちは、世界中のオーケストラで活躍している。
    2016年の首席指揮者をつとめるジョン・アクセルロッドは王立セヴィリア交響楽団音楽監督、ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団首席客演指揮者をつとめる人物で、2014年のサントリーホールのオープニング・フェスタでは膨大な数のオペラ、バレエを一夜のうちに振った超人的な指揮者。彼が率いるPMFのマーラーとブラームスは、どのようなものになるだろうか。ファビオ・ルイジが振った2011年の札幌でのピクニック・コンサートでは、鳥までが演奏に参加する「奇跡」が起こったというが、今年もそんなことが起こるような気がしてならないのだ。

    小田島 久恵

    著者紹介

    音楽ライター 小田島 久恵(おだしま ひさえ)

    洋楽雑誌の編集を経てフリーに。2001年からクラシックのライターとしての活動を始める。著書に『クラ女のショパン』(共著/河出書房新社)、『オペラティック!女子的オペラ鑑賞のすすめ』(フィルムアート社)がある。
    演劇、バレエ、パフォーマンスアートについても取材・執筆。年間約300回のコンサート、舞台公演を取材。

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