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アーカイブ

PMFのこれまでの軌跡をたどるアーカイブをご紹介します。

1999

第1回大通公園コンサート第1回大通公園コンサート

PMFオーケストラ演奏会(指揮:マイケル・ティルソン・トーマス)PMFオーケストラ演奏会
(指揮:マイケル・ティルソン・トーマス)

PMF10年を記念して過去の修了生の選抜メンバーによりPMFインターナショナル・オーケストラを編成した。PMFアカデミーとしては1,397人の受験者の中から28カ国・地域の132人が参加。PMFオーケストラは世界音楽祭"オーガスト・イン・ヒロシマ'99"(広島)に参加。青少年のための音楽会「バーンスタイン・ビート」を札幌交響楽団の演奏で開催。ウィーン・フィル首席奏者とPMFオーケストラのメンバーによる大通公園コンサートを初めて実施。 海外から招聘した音楽学校の指導者2人がPMFを視察。

1998

PMFバッハ演奏会(指揮:シモン・シャウテン)PMFバッハ演奏会
(指揮:シモン・シャウテン)

芸術監督として札幌公演の最後を締めくくるクリストフ・エッシェンバッハ芸術監督として札幌公演の最後を締めくくるクリストフ・エッシェンバッハ

1,522人の受験者のうち24カ国・地域から135人がPMFアカデミーに参加。「ピアノコース」の名称を「鍵盤楽器コース」と改め、チェンバロとオルガンの受講生を募集する。「声楽コース」は合唱に重点をおき「バッハ・プログラム」を取り上げた。海外から招聘した音楽学校の指導者2人がPMFを視察。

1997

PMFウイーン室内アンサンブル演奏会PMFウイーン室内アンサンブル演奏会

1997年

この年開館した札幌コンサートホールKitaraが新たな主要演奏会場となり、1,312人の受験者の中から選ばれた25カ国・地域の130人がPMFアカデミーに参加した。 阪神・淡路大震災チャリティコンサートとしてPMFオーケストラの神戸公演を実施。

1996

歌劇「エフゲニー・オネーギン」リハーサル歌劇「エフゲニー・オネーギン」リハーサル

歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」

オペラをテーマに取り上げる。 1,244人の受験者のうち26カ国・地域の122人がPMFアカデミーに参加。 この年からアジア地域で学ぶ若手音楽家を対象にジュニア・フェロー・プログラムを導入する。 日本人声楽家のために「クリスタ・ルートヴィヒの特別公開レッスン」を実施、10人が受講したほか、一般市民も聴講した。また、海外から招聘した音楽学校の指導者2人がPMFを視察。

1995

PMFオーケストラ演奏会(指揮:佐渡裕、ヴァイオリン:五嶋龍)PMFオーケストラ演奏会
(指揮:佐渡裕、ヴァイオリン:五嶋龍)

PMFアカデミー・シンガー・リサイタル(札幌芸術の森アートホール・アリーナ)PMFアカデミー・シンガー・リサイタル
(札幌芸術の森アートホール・アリーナ)

1,282人の受験者の中から選抜された23カ国・地域の140人がPMFアカデミーに参加。 8月6日広島で開かれた「平和コンサートの夕べ」にPMFオーケストラが出演、マイケル・ティルソン・トーマスが広島市のために作曲した「しょうわ/ショアー」を世界初演した。またPMFオーケストラと広島交響楽団がベートーヴェンの交響曲 第9番を合同演奏した。国連50周年/国連大学20周年記念コンサート(東京)に参加。 札幌交響楽団がバーンスタインのミュージカル「オン・ザ・タウン」の日本語版初演(演奏会形式)を行った。

1994

武満徹(94レジデント・コンポーザー)武満徹(94レジデント・コンポーザー)

「キャンディード」日本語版初演(札幌交響楽団)「キャンディード」日本語版初演
(札幌交響楽団)

1,170人の受験者の中から選ばれた23カ国・地域の138人がPMFアカデミーに参加。PMFオーケストラ、声楽コースのアカデミー生はPMFサマーコンサート'94 at 国連大学(東京)に出演。 また札幌交響楽団がバーンスタインのミュージカル「キャンディード」の日本語版初演(演奏会形式)を行った。

1993

PMFオーケストラ演奏会(指揮:クリストフ・エッシェンバッハ)PMFオーケストラ演奏会
(指揮:クリストフ・エッシェンバッハ)

第1回教育セミナー第1回教育セミナー

小・中・高校等の音楽教諭対象の「教育セミナー」が始まる。 PMFアカデミーには、1,011人の受験者のうち23カ国・地域から138人が参加。北海道南西沖地震被災者への義援金募金活動を各演奏会場で行い、マイケル・ティルソン・トーマスらが寄付を行った。

1992

ピクニックコンサートピクニックコンサート

PMFオーケストラ広島公演(指揮:マイケル・ティルソン・トーマス)PMFオーケストラ広島公演
(指揮:マイケル・ティルソン・トーマス)

レジデント・コンポーザーとして作曲家の招聘を始める。 芸術の森でのピクニックコンサートが始まり、本格的に北海道内外での公演を展開する。 武満徹ら日米作曲家による公開パネルディスカッションを開催した。 国連大学本部ビル「オープン記念コンサート」(東京)にPMFアカデミーの修了生が出演した(2月)。831人の受験者から26カ国・地域の142人がPMFアカデミーに参加した。

1991

PMFオーケストラ演奏会(指揮:マイケル・ティルソン・トーマス)PMFオーケストラ演奏会
(指揮:マイケル・ティルソン・トーマス)

PMFオーケストラ東京公演(指揮:クリストフ・エッシェンバッハ)PMFオーケストラ東京公演
(指揮:クリストフ・エッシェンバッハ)

クリストフ・エッシェンバッハが芸術監督に加わり、声楽コース、ピアノコースが新設された。 約700人の受験者から26カ国・地域の150人がPMFアカデミーに参加した。 この年から毎年オーケストラ指導にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団首席奏者が参加する。一般市民にPMFアカデミーの指導風景を公開する「聴講生制度」が始まる。 またこの年から札幌市を中心に設立された「PMF組織委員会」が主催団体となる。

1990

レナード・バーンスタインレナード・バーンスタイン

PMFオーケストラ演奏会(指揮:レナード・バーンスタイン)PMFオーケストラ演奏会
(指揮:レナード・バーンスタイン)

環太平洋地域の若手音楽家の育成をめざして、20世紀を代表する指揮者、作曲家のレナード・バーンスタインがロンドン交響楽団とともに札幌で国際教育音楽祭パシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)を創設した。約900人のオーディション受験者の中から18カ国・地域の123人が選抜され、PMFオーケストラを結成。バーンスタインとマイケル・ティルソン・トーマスが芸術監督をつとめ、アカデミー生はシューマンの交響曲第2番などのプログラムに取り組んだ。このほか、太平洋作曲家会議、PMFオーケストラとロンドン交響楽団合同演奏による「横浜アリーナ特別公演」なども開催した。
バーンスタインは、閉幕3カ月後の10月14日にニューヨークの自宅で逝去(享年72歳)。第2回以降のPMF開催が危ぶまれる中、12月31日にニューヨークで行われたバーンスタイン追悼演奏会の席上、板垣武四札幌市長(当時)がバーンスタインの意志を引き継ぐことを宣言。以降、PMFは札幌で毎年開催されることとなった。

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