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レビュー

2025.12.09

【PMF2025】7/29(火)PMFオーケストラ東京公演レビュー

写真:演奏の様子

猛暑の東京へ移り、
ヤノフスキが挑む最終リハーサル

空気の爽やかな札幌から、重い猛暑の東京へ移動したPMFオーケストラ。毎年恒例のサントリーホールでの最終公演に臨んだ。指揮を執ったのは、今年のPMF首席指揮者マレク・ヤノフスキ。札幌で同演目の2公演を経ての東京だが、最後のこの日も厳しいリハーサルを敢行。東京公演はPMF教授陣が不参加のため、各パートに前日までのリーダーがいない状態なこともあり、一から確認し直す場面もあった。

まず1曲目のワーグナー「ローエングリン」第1幕への前奏曲では、冒頭のヴァイオリンセクションの場面に時間をかけて細かく調整。木管・金管それぞれの登場場面も丁寧に確認し、特に金管のコラールでは音量を抑えてハーモニーに意識を向けさせると、実に神々しい響きが実現。ヤノフスキのバランス感覚の極意を垣間見せた。リハーサルはこのように緻密に詰める箇所と、流す場面のメリハリがある。「死と変容」のある箇所では、チェロのリズム感に納得がいかず「何度も言ってきたぞ!」と苛立ちをみせる場面も。オケに任せるところと締めるところの判断など、名匠の練習の進め方は興味深いものだった。

写真:演奏の様子

リハーサルの最後には、チェロの巨匠スティーヴン・イッサーリスが登場し、シューマンの協奏曲。要所の確認だけではあったが、互いに敬意を持ちつつ適度な距離感を保っている様子も見てとれた。

イッサーリスの歌心と
ヤノフスキの構築美が織りなすシューマン

夜の本公演は、ヤノフスキによるドイツ音楽集という待望の演目で、そこに期待する聴衆の熱気と緊張が混じる中、「ローエングリン」前奏曲の精妙な演奏で好スタート。続く協奏曲では、イッサーリスの繊細にして歌心あるソロと、ヤノフスキの情緒に流されない構築が、ぶつかりながらも反目せず、絶妙に交差しながらシューマンの世界を作り上げる。第2楽章中間部のチェロ首席との二重奏では、背景のヴィオラのたゆたう音型がソロを覆うほど強調され(リハーサルでも同様)、ヤノフスキの作るバランスとしては不思議な場面になっていた。イッサーリスのアンコールは「鳥の歌」。平和を願う一曲で世界情勢への思いを美しく静かに表現し、会場全体を惹きつけた。

写真:演奏の様子

若き奏者たちから引き出された
厳格なドイツの響き

後半はシューマン「ライン」交響曲とR.シュトラウス「死と変容」という、重厚感ある組み合わせ。「ライン」では若手奏者のPMFオケから、ドイツ中部の楽団のような音色が引き出される。かなり快速の第1楽章からヤノフスキ節全開で、第3楽章以降はやや一体感と濃密さが薄れる場面もあったが、即物的になりそうな流れから豊かなニュアンスが浮かび上がる、マエストロならではのシューマンになった。最後の「死と変容」では編成が大きくなり、教授陣も不在だが、ヤノフスキの揺るぎない意志が若者に浸透し、統制のとれた混濁しない響きのシュトラウスが見事に展開されたのである。

厳格なスタンスでスコアとオーケストラに臨み、職人的なアプローチで楽曲の本質をつかみ出すヤノフスキのような指揮者は、いまや稀少な存在。若き奏者たちにとって、名匠との時間は、かけがえのない経験となったに違いない。

写真:演奏の様子

著者

音楽ライター

林 昌英

出版社勤務を経て、音楽誌制作と執筆に携わり、現在はフリーライターとして活動。「ぶらあぼ」等の音楽誌、Webメディア、コンサートプログラム等に記事を寄稿。オーケストラと室内楽(主に弦楽四重奏)を中心に執筆・取材を重ねる。40代で桐朋学園大学カレッジ・ディプロマ・コース音楽学専攻に学び、2020年修了、研究テーマはショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲。アマチュア弦楽器奏者として、ショスタコーヴィチの交響曲と弦楽四重奏曲の両全曲演奏を達成。

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