音楽一家の出身で、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席トランペット奏者を長くつとめた祖父からオーケストラ奏者として必要な事柄を学んだ。家族とハノーヴァーに移住後、ハノーヴァー音楽大学(現ハノーヴァー音楽演劇大学)でパーカッションとティンパニをアルベルト・ショーバーに学ぶ。13歳からハノーヴァー州立劇場管弦楽団のエキストラ奏者として活動し始め、その後、ブラウンシュヴァイク州立劇場管弦楽団の首席ティンパニ奏者となる。1979年、ケルン放送交響楽団の首席ティンパニ奏者に就任し、77年から82年にかけてはバイロイト祝祭管弦楽団でも演奏した。84年、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に入団し、86年に当時首席奏者であったヴェルナー・テーリヒェンの後任として首席ティンパニ奏者となる。オーケストラ奏者、室内楽奏者としての活動のかたわら、教育にも携わり、83年までハノーヴァー音楽演劇大学で教え、現在はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のオーケストラ・アカデミーで教えるほか、ベルリン音楽大学ハンス・アイスラーの客員教授をつとめる。
PMFには2006年以降8回目の参加。