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PMF Founded by Leonard Bernstein PMF MUSIC PARTNER
2023年3月 - vol. 98
 
PMF2023 開催概要/第33回 パシフィック・ミュージック・フェスティバル札幌2023年7月12日(水)〜 8月1日(火)
指揮者(プログラムA)/クシシュトフ・ウルバンスキ/アシュケナージの後任としてスイスで活躍中の若き俊英がPMFに再登板/グリーグ:ピアノ協奏曲 作品16、ショスタコーヴィチ:交響曲 第5番 二短調 作品47 ほか/7月12日(水) PMF2023 オープニング・ナイト、7月15日(土) PMFオーケストラ札幌公演、7月17日(月祝)PMFオーケストラ苫小牧公演
指揮者(プログラムB)/トーマス・ダウスゴ―/PMFに北欧の息吹。バーンスタインから学んだデンマーク出身の名指揮者が初参加/ブルックナー:交響曲 第9番 ほか/7月29日(土) ピクニックコンサート、7月30日(日) PMF GALAコンサート、8月1日(火) PMFオーケストラ東京公演
PMFファカルティ(教授陣)/ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、アメリカ名門楽団のメンバーで構成、今年の夏も札幌で世界トップレベルのオーケストラスタディが、繰り広げられます!
PMFオーケストラ(PMFO)/オーディションを突破した世界の若手音楽家で結成する“一期一会のオーケストラ”その青春の輝き、感動の音楽に、どうぞご期待ください!/22ヵ国・地域出身の74人(パラグアイから初参加!)/平均年齢 23.6歳
 
 

PMF2023 フレンズ(賛助会員)募集! 

PMFフレンズは、音楽祭の開催とアカデミー生たちの成長を応援しながら、晴れ舞台となるPMFオーケストラ演奏会、ウィーン・フィルやベルリン・フィルをはじめ、アーティストとして参加する世界一流の音楽家によるコンサートなどを「お得にお楽しみ」いただける賛助会員制度です。
シーズン毎に募集するため、ご継続や休会が自由で気軽なのもポイント。PMFで「音楽の夏」を楽しみませんか?皆様のご入会をお待ちしております!

PMFフレンズ(賛助会員)/PMFは世界の若い音楽家を育てる国際教育音楽祭。コンサートで演奏を聴いていただくことは私たちにとって、何より嬉しいご支援です。/会費 3,000円(税込)<会員有効期間:ご入会・ご継続された翌年の3月31日まで>
会員特典1 チケット割引販売・先行予約/割引販売 オール15% OFF(在庫がある限り、ご購入枚数の制限はありません。)/先行予約 PMFフレンズ会員先行予約(インターネット・お電話)5月14日(日)10:00〜
PMFオフィシャル・サポート(10口以上の方)チケット最優先予約 5月13日(土)
会員特典2 電子チケット手数料無料1枚につき110円が0円(まとめ買いOK!ご家族・お友達に「分配」できます。)
会員特典3 紙チケット送料無料1予約につき400円が0円(2024年以降は1予約につき400円となります。)
会員特典4 公式ガイドブック進呈ダイレクトメールでお送りします。(例年6月下旬〜7月上旬(開幕前まで)に発送します。)
会員特典5 オリジナルTシャツ割引販売(公式ウェブサイト通販、コンサート会場)1枚 2,000円が1枚 1,500円(価格は税込・通信販売の場合は送料サービス)
会員特典6 会員証(紙カードまたはスマホ画面)ご提示による優待・割引/ピクニックコンサート優先入場、オープンリハーサル入場、丸美珈琲店(大通公園本店・中島公園店)・コーヒー1杯目100円割引、コーヒー豆10%割引  ほか
準備中!PMF2022 フレンズ会員の方には4月10日(月)に会員DMを発送・詳細をご案内します。今年からカード決済でも会費(3,000円)を承ります。/新規ご入会・再入会を希望される方は下記のフォームでお知らせください。
 
人生に参拝!

視界から雪が消え、札幌は一気に春めいてきました。今年は桜の開花が早いかもしれません。
季節とともに、カジポン・マルコ・残月さんが綴る音楽家たちの生き様エッセイ「人生に参拝!」。春の訪れを祝うかのように、今回は20世紀最高のソプラノ歌手と称されたマリア・カラスが主人公です。
2023年はカラス生誕100年のアニバーサリー。1974年11月11日に北海道厚生年金会館で行われたワールド・ツアー札幌公演を最後に舞台から遠ざかり、パリで没したディーヴァの人生をカジポンさんのエッセイで参拝することにしましょう!

season 2/第3回 マリア・カラス/誕生日 1923年12月2日 命日 1977年9月16日/ギリシャ系アメリカ人のソプラノ歌手

「自分の声を操って役に色彩を与え、想いが観客に届いたときこそ、まさに陶酔の極みです」(マリア・カラス)。今年は伝説のソプラノ歌手マリア・カラスの生誕100年。彼女は声で魅了しただけでなく、観客の心を鷲づかみにする迫真の演技により、「カラス以前・以後」という言い方が生まれるほどオペラに大きな変化をもたらした。カラスは1923年にアメリカ・ニューヨークで生を受ける。一家はギリシャ系の移民で薬屋を営んでいたが世界恐慌で破産、13歳のときに両親は離婚し、母は生まれ故郷ギリシャに娘を連れ帰った。歌が好きなカラスはアテネ音楽院に進み、より美しい歌い方(ベルカント唱法)を身に付けるため、“ガリ勉”とあだ名がつくほど熱心に鍛練を積んだ。音楽教師は彼女の声に暖かさ、激しさ、叙情性が同居していることに驚いたが、カラスは当時の声を「音色は暗く、ほとんど黒、濃い糖蜜のよう」と回想しており、音色を明るくするため朝10時に音楽院に行き、10時間レッスンして最後の生徒と一緒に帰る日々を送った。
17歳でプロの声楽家としてデビューし、アテネ歌劇場でプッチーニ『トスカ』の主役を演じ好評を得たが、時代は第二次世界大戦の真っ只中。アテネは独伊軍に占領され、ギリシャ国民数万人が餓死するという状況にあり、若い彼女は食べていくために占領軍の前で歌った。戦後、この行動が問題視され、彼女はアテネ歌劇場から契約を切られて活躍の場を失いアメリカに渡る。ここからカラスの運命は劇的に好転していく。イタリアで開催される音楽祭の芸術監督と出会ったことが縁となり、23歳でヴェローナ音楽祭に出演、翌年にはフィレンツェの音楽祭で彼女の代名詞となるベッリーニ『ノルマ』の主役を演じて大絶賛され、以後も同音楽祭の顔となった。
『ノルマ』は喉の負担が極めて大きく、ソプラノにとって最も難易度が高い作品だが、カラスは生涯で91回も演じた。「カラスなくしてノルマなし」と言われるほど最大の当たり役となったが、喉へのダメージは蓄積した。

1.カラスが眠るペール・ラシェーズ墓地。1804年に開設されたパリ最大の墓地で、面積は甲子園球場の約11倍。7万基の墓が並ぶ。/2.同じペール・ラシェーズ墓地に眠るショパンの墓。赤と白のリボンはポーランド国旗がモチーフ。

1949年、カラスは世界のオペラファンを驚嘆させる。重厚でドラマチックな歌唱法が求められるワーグナー『ワルキューレ』のブリュンヒルデ役を、ヴェネツィア・フェニーチェ劇場で演じた1週間後に、軽やかで繊細な装飾唱法を要するベッリーニ『清教徒』のエルヴィーラ役を同じ劇場で歌ったのだ。歌い方がまったく異なるタイプのヒロインを短期間で歌い分け、さらに翌月には再びワーグナー作品に出演するという離れ技を見せた。演出家フランコ・ゼフィレッリは「彼女がヴェネツィアでやったことは本当にすごかった」と興奮し、ある批評家は「最も懐疑的な人でさえ、カラスが成し遂げた奇跡を認めなければならなかった」と書き記した。
カラスの才能に刺激されたローマ歌劇場の音楽監督トゥリオ・セラフィンは、彼女の魅力をさらに引き出すべく、歌唱の難しさから長く再演されなかったケルビーニ、ドニゼッティ、ロッシーニらのベルカント・オペラに注目。カラスの実力なら上演できると見込んで演目に選び、見事カラスはその期待に応えた。同世代の声楽家モンセラート・カバリェは「彼女は世界中のすべての歌手のために、閉じられていたドアを開けてくれた」と感謝している。この年、26歳のカラスは約30歳も年上のパトロン、実業家メネギーニと結婚した。
1951年、彼女は厳格な指揮者として知られるトスカニーニに実力を認められ、ミラノ・スカラ座のデビューを飾っただけでなく、名誉あるシーズン初日を任され、世界の歌姫(ディーヴァ)となった。名声を手に入れたカラスだったが、彼女はオペラ界の現状を深く憂慮していた。この頃、人々の娯楽の中心は映画となり、太った歌手が棒立ちで歌うオペラは人気を失いつつあったからだ(カラス自身も体重はピーク時に108kgあった)。「オペラの世界はもはや死に絶えました。だからこそ本気を出さねば。甘えてはいられません」。カラスはオペラ歌手も映画女優のように見た目も美しくなければならないと決意、猛烈なダイエットを開始する。そしてわずか1年半で約100kgの体重を63kgに、実に約40kgもの減量を実現した。
1955年、彼女は32歳でキャリアの絶頂期を迎える。エキゾチックな美貌と舞台映えのする容姿、力強い歌声で時代のカリスマとなり、雑誌の表紙を飾った。ミラノ・スカラ座でジュリーニ指揮、ルキノ・ヴィスコンティ演出による『椿姫』が上演され、スカラ座史上に刻まれる空前のヒットとなった。この舞台で、彼女は脱いだ靴を客席に投げ入れるといったドラマチックな演技を見せ、聴衆は「まるで実際の出来事を見ているようだ」と息を呑んだ。客席はモナコ公妃グレース・ケリーをはじめ王族や大統領らセレブが集う社交場となった。翌年、カラスはタイム誌の表紙を飾り、世界一のプリマドンナと讃えられた。「私の表現はいつも変わるので、二つと同じ舞台はありません。でも、それはいつも“マリア・カラス”なのです」。

3.カラスの歌声を高く評価し、ミラノ・スカラ座に迎えた巨匠トスカニーニはミラノの家族廟に眠る。娘婿となった大ピアニストのホロヴィッツも同じ墓所だ。/4.ペール・ラシェーズ墓地のビゼーの墓。歌劇『カルメン』など傑作を遺した。モディリアーニ、ドラクロワ、オスカー・ワイルド、バルザック、エディット・ピアフ、ジム・モリソンなど多数の著名人も永眠。

だが、35歳から人生は暗転していく。イタリア大統領が臨席していた舞台でのこと。その日はライバル歌手のファンが天井桟敷に陣取っており、カラスは緊張して音を少し外してしまった。すると「それが(出演料の)100万リラか!帰れ!」と野次をとばされた。彼女は喉の不調を理由に途中から出演を拒否、場内は怒号が渦巻く大混乱に陥り国家的スキャンダルとなり、イタリア政府は国内の主要劇場にカラスを使わぬよう通達を出した。
彼女はこの騒ぎから逃れるようにパリ・オペラ座と契約し、活動の拠点をフランスへ移していく。翌年、カラスはギリシャの海運王オナシス(当時53歳)と恋に落ちた。オナシスは彼女のために大型クルーズ船でパーティーを開き、会場の床にバラの花を敷き詰めた。その後も彼女のすべての滞在先に赤いバラの花籠を送り、「ギリシャ人より」と書いたカードを添えた。カラスは生涯で唯一の本当の恋と確信、夫を捨ててオナシスのもとへ走った。「私が女になるのは彼の目の中でだけ」。
一方、30代後半に入ると、カラスの声の劣化が顕著になった。若い頃から喉を酷使したために、彼女が誇っていた輝かしい高音と深い陰影を帯びた低音は急速に失われてしまう。同時に、急激なダイエットで横隔膜の力を失い、音程をキープできず、歌声が揺れ始めた。ソプラノの聴かせどころである高音域が不安定となり、公演のキャンセルが増え、ついには声の衰えを隠しきれなくなり、42歳でオペラの舞台から引退した。
翌年、カラスはオナシスと結婚するつもりで正式に離婚する。ところが、肝心のオナシスが故ケネディ大統領の未亡人ジャクリーンと結婚してしまう。2人の関係を何も知らず、新聞記事で事態を知ったカラスは打ちのめされた。「9年も育んだ愛の裏切りを新聞で知るなんて、息も出来ないほどショックだった」。
それから約10年後、オナシスは69歳で病没する。彼はジャクリーンと結婚したものの2年程で不仲になり、晩年はカラスによく会いに来ていた。
1977年9月16日、カラスは浴室で倒れているところを家政婦に発見された。享年53、心臓発作で帰らぬ人となる。最晩年の日記には「まだ彼(オナシス)が私の一番愛しい思い出の中に」「人生の終わりは私に歓びを与えるだろう。幸せも、友もなく、ドラッグしか持っていないのだから」「私は果てしなく独り」と綴られており、薬の多用が心臓に負荷を与え、早すぎる死に繋がったとみられる。
カラスは「私は演じられる歌手ではなく、歌える女優」と言い、生涯で立った舞台は600以上、彗星の如く現れ、オペラに自分の生命をすべて与えて去って行った。
カラスの遺体はショパンやビゼーが眠るパリのペール・ラシェーズ墓地(Cimetière du Père-Lachaise)で火葬され、同地の霊廟(第87区画)に納骨された。2年後、生前の希望によりギリシャ沖のエーゲ海に散骨されている。
オナシスが眠るのはギリシャ西岸のスコルピオス島。カラスは若い頃ギリシャを追われるように出国したのに、ギリシャの海で眠ることを望んだのは、オナシスの墓に寄り添うことができると思ったからだろうか。晩年のオナシスはカラスと暮らすことを具体的に考えていたといい、あの世で2人が再会していることを願う。

5.カラスが散骨されたギリシャ沖のエーゲ海。いわば海全体が墓所だ。遺灰は愛するオナシスが眠る島に流れ着いているだろう。/6.かつて遺灰が納められていたカラスの旧墓。彼女の名前と生没年が金文字で刻まれた銘板を「マリア・カラス国際クラブ」が設置した。
 
写真:カジポン・マルコ・残月

カジポン・マルコ・残月 Kajipon Marco Zangetsu

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1967年大阪府生まれ。文芸研究家にして「墓マイラー」の名付け親。ゴッホ、ベートーヴェン、チャップリンほか101ヵ国2,520人に墓参している。信念は「人間は民族や文化が違っても相違点より共通点の方がはるかに多い」。
日本経済新聞、音楽の友、月刊石材などで執筆活動を行う。最新刊は「墓マイラー・カジポンの世界音楽家巡礼記」(音楽之友社)、NHKラジオ深夜便「深夜便ぶんか部 世界偉人伝」にレギュラーゲストとして出演中。コロナ禍になってからは海外の墓参は休止に。昨年の夏、札幌を訪れ、ずっと楽しみにしていたバーンスタイン像の巡礼を果たした。

書籍のご案内/好評発売中!ONTOMO MOOK「音楽の友」編 墓マイラー・カジポンの世界音楽家巡礼記/判型 B5判/ページ数 160ページ(オールカラー)/定価 2,200円(本体2,000円+税)/商品ページ(音楽之友社)
 
PMFのあいうえおミニ
オケピット

オーケストラピット(orchestra pit)の略。ピットは穴という意味で、舞台と客席の間にある場所のこと。

オペラやバレエ、ミュージカルなどのオーケストラは通常この場所で演奏する。オーケストラボックスともいう。
 
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