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PMF Founded by Leonard Bernstein PMF MUSIC PARTNER
2023年1月 - vol. 96
 

見た目が変わると、気分も変わる!
公式ウェブサイトの顔がリニューアル

読者の皆様、2023年もPMFと音楽でつながる“情報の定期便”ミュージック・パートナーをどうぞよろしくお願いします。音楽で楽しく、音楽で元気に1年を過ごしましょう!
新年初号のトップは、公式ウェブサイトの大幅刷新とオーディションが大盛況で受付終了となった話題から。

 
写真:リニューアルした公式ウェブサイト

シーズンなどに応じて「変化するトップページ」
1月18日(水)日本時間正午にオーディション受付が終了しました。

公式ウェブサイトは国際教育音楽祭PMFが正式に公開する情報と連絡手段を提供するものです。PMF2023に向けてリニューアルしました。新しくなったのはトップページのデザイン、いわば公式ウェブサイトの“顔”です。また、この新しい顔に合わせてサイト構成も見直し、情報を整理整頓しました。パソコンとスマートフォンなどのデバイスに応じて最適化するレスポンシブデザインです。
見た目が変わると、気分も変わる!新装したPMF公式ウェブサイトをぜひご利用ください!

機能性と世界観を併せ持つ「ブロックデザイン」

メインビジュアル ブロック シーズンやイベントなどで見た目がガラリと変わります!現在は「PMFクラシックLABO♪音楽を旅するフランス編」のビジュアルです。/検索・お知らせ ブロック 注目キーワードでPMFの動きをキャッチミュージック・パートナーの配信登録やバックナンバーは本ブロックから!/ウェルカムコンテンツ ブロック はじめに見てほしい、PMFの原点PMF1990でシューマン2番を振るバーンスタインの雄姿もチェック!/その他にも 現地の様子がダイレクトに届く「インスタグラム自動連動ブロック」や楽しいサ
 
写真:PMFオーケストラ演奏会
PMF2023 アカデミー・オーディション概況/ 世界68ヵ国・地域から1,090人の応募(ガーナとミャンマーからも!)/応募者の内訳は、男性568人・女性516人・その他6人/フルートとチューバは超高倍率が予想される/今回の68ヵ国・地域は偶然にもコロナ禍の前に実施したPMF2020オーディションと同じ数字/応募者を選抜する厳しい審査を経て、3月までにメールで結果を通知し、参加確認のとれた合格者を3月下旬に公式ウェブサイトで発表する予定
 
人生に参拝!

季節は大寒。二十四節気では「冬の最後を締めくくる約半月」です。この“冬の極み”が終わると、暦は春の始まり立春を迎えますが、まだまだ寒い日は続きます。2023年の初号はカジポン・マルコ・残月さんのハートフルなエッセイで温かく!
ミュージック・パートナー四季の連載「冬」は、20世紀でもっとも個性的なピアニストと言われるグレン・グールドを取り上げます。音楽の世界でもビジネスの世界でも、あらゆる分野で個性は今や大きな強み。唯一無二のピアニストはどんな一生を送ったのでしょうか。それではご一緒に、異彩を放つ天才グールドの人生に参拝!

season 2/第2回 グレン・グールド/誕生日 1932年9月25日 命日 1982年10月4日/カナダのピアニスト、作曲家

「グールドより美しいものを見たことがない」(レナード・バーンスタイン)。音楽家を心の底から感動させる音楽家、天衣無縫のピアニスト、グレン・グールド。彼がピアノに向かうとあらゆるクラシックの古典が新曲になった。昨年はグールドの生誕90年&没後40年であったことから、メディアで特集が組まれ、新たなファンが生まれた。同じピアニストのウラディーミル・アシュケナージが「私にとって永遠のアイドルだ」と憧れ、カリスマといわれたスヴャトスラフ・リヒテルをして「バッハの最も偉大な演奏者である」と言わしめたグールド。そのファンはクラシック界にとどまらず、ジャズ・ピアニストのビル・エヴァンスや、タンゴ演奏家のアストル・ピアソラらもグールドのレコードを愛聴していた。
グレン・グールドは1932年にカナダ・トロントで生まれた。両親はともに音楽家であり、母の遠縁に作曲家グリーグがいる。幼少期から楽才を発揮、わずか7歳でトロント王立音楽院に合格し、12歳でトロントのピアノ・コンクールに優勝。音楽院を創立以来最年少となる14歳で卒業し、同年、トロント交響楽団とベートーヴェンの《ピアノ協奏曲第4番》第1楽章を演奏し、コンサート・デビューを飾った。
1955年、23歳でアメリカ・デビューを果たすと、ワシントン・ポスト誌は「いかなる時代にも彼のようなピアニストを知らない」と絶賛。翌年にデビューアルバムのバッハ《ゴルトベルク変奏曲》が発売されると、従来のバッハ作品のストイックなイメージを覆す、弾けるように躍動感あふれる演奏が大センセーションを巻き起こした。タイム誌は「風のような速さの中に歓喜を感じる」と評し、アルバムはルイ・アームストロングの新譜を抑えてチャート1位を獲得、世界的に注目を集め、同年のクラシック・レコードの売上ベストワンを記録した。
一方、グールドは奇人と呼ばれ、個性的な風貌や演奏スタイルが話題になった。彼は極度の寒がりで、夏でもヨレヨレのコートの下に分厚いセーターを着込み、マフラー、毛皮の帽子を身につけ、手袋をはめていた。フロリダの公園のベンチでホームレスと間違えられて逮捕されたことも。手袋の理由は防寒だけではない。異常なまでに細菌恐怖症の彼は、他人との接触を極端に嫌い、握手さえ「万全を期して」避けていた。電話の向こうで咳が聞こえ“風邪がうつる”と切った話まで残っており、それが冗談と思えないところがグールドならでは。また、いつも大瓶のミネラルウォーターと5瓶分のビタミン剤を持ち歩き、絶対に水道水を飲まなかった。ロシア公演では水に対する不信から晩餐会の出席を拒否している。非常に少食で、食事は1日に1回、あとは少量のビスケットとフルーツジュース、サプリメントしか摂らなかったという。
演奏前には洗面所にこもり、両手をお湯に30分浸して温め、ステージでは父親が作った専用の折りたたみ椅子に座り、その椅子でなければ演奏を拒否した。特製の椅子は床上約35cmと極端に低いため、彼が座ると胸の高さに鍵盤がくる。手首は鍵盤の「下」だ。演奏時はひどく猫背になり、鼻が鍵盤にくっつきそうになった。口の悪い批評家は特異なスタイルを指して「猿がオモチャのピアノを叩いているようだ」と冷やかした。
彼は本番のステージでも鼻歌を口ずさみ、ときに朗々と歌い上げるため、CDには『グールド自身の歌声もございます。ご了承ください』と注意書きが記されている。あまりの鼻歌に録音の技術スタッフが怒って「楽譜に歌のパートはないぞ!」と指摘すると、「感情を抑えて、黙りこくって演奏なんかできない!」と逆ギレ。意地悪なインタビュアーに「演奏しながらなぜ歌うのですか?」と聞かれた時は、「あなたは私のピアノを聴いていないのか?」と逆にやり込めた。グールドの音楽上の関心は、和声の響きよりフーガなどの構造美にあり“ペダル無用”と、これ見よがしに足を組んで演奏することもあった。
指揮者のひんしゅくを買ったのは、演奏中に片手が空くと、その手で指揮を始める癖。個人リサイタルならともかく、オーケストラとの共演でも大きく振るため、帝王カラヤンは「君はピアノより指揮台がお似合いだ」と皮肉を言った。

1.グールドの墓石にはデビューアルバムで弾いた《ゴルトベルク変奏曲》の楽譜が!/2.両親と同じ墓碑にも「愛する息子」の一文とともに彼の名前が入っている。

情熱家のレナード・バーンスタインにはグールド絡みの逸話が多い。駆け出しのグールドをバーンスタインがニューヨーク・フィルに招いた時のこと。20代半ばのグールドはカーネギーホールへ出番2分前に着く大物ぶりを見せ、セーターのまま舞台に出ようとするのでバーンスタインは必死で阻止したという。最も有名なのは、1962年にブラームス《ピアノ協奏曲第1番》で共演した際に起きた“事件”。リハーサルでバーンスタインのテンポにグールドが従わなかったことから、バーンスタインは本番前に客席に向かって音楽史に残るスピーチをした。
「これから皆さんがお聴きになるのは、正統的なブラームスのニ短調協奏曲ではありません。テンポは明らかに遅く、ブラームスが指示した強弱記号から頻繁に逸脱し、こんな演奏は想像したこともありませんでした。私はグールド氏の構想(解釈)に全面的に賛成とは言えないが、今回の彼の構想はとても面白いので、ぜひ聴いていただきたいと思います。ただ、昔からの疑間がまだ解決されていません。『協奏曲では、ソリストと指揮者、どちらがボスなのか?』(場内爆笑)。なぜ私は代役のソリストを立てたり、アシスタントに指揮をさせるという選択をとらなかったのか。それは、この作品を新たな視点から見るということに私が魅せられ、喜びを感じているからであり、さらにはグールド氏の演奏には、驚くほど新鮮で確信に満ちた瞬間があるからです。音楽には、冒険と実験の要素があり、この共演はまさに冒険だと断言しますし、そういう冒険精神にのっとって、これから演奏したいと思います」(拍手)。
当時バーンスタイン44歳、グールド30歳。グールドいわく「あのスピーチの時、僕は舞台裏で笑いをこらえるのに必死だった。無理を聞いてくれたバーンスタインに感謝した」。無敵すぎるグールド。バーンスタインは「グールドの言葉は彼の弾く音符のように新鮮で間違いがない」とも語っている。
1964年、32歳のグールドは人気の絶頂で突然コンサート活動の中止を宣言し、聴衆の前から姿を消す。それまで世界各地で計253回の演奏会をこなし、引っ張りだこだった彼のコンサート引退表明は、音楽ファンに衝撃を与えた。グールドには「客の咳払いやくしゃみ、ヒソヒソ声が気になって演奏に集中できない」という神経質な性格もあったが、最大の理由は音楽家としてのポジティブな向上心にあった。
「聴衆の中には、ピアニストがいつ失敗するだろうかと手ぐすね引いて待っている連中がいる。彼らはローマ時代に闘技場に集まった群集や、サーカスの綱渡り芸人が足を踏み外すのを心待ちにする観衆と同じだ。その結果、演奏家は失敗を恐れるあまり、いつもコンサート用の十八番のレパートリーを演奏することになる。すっかり保守的になって、もしベートーヴェンの(ピアノ協奏曲)3番が得意曲だったら、4番を試してみるのが怖くなるというように」。以後、グールドは録音専門のピアニストとなって自己の芸術を高めていく。

3.トロントのCBCラジオ・ビル前のベンチに設置されたグールドの座像/4.ひっきりなしに人が座ってはツーショットの記念写真を撮っていた。

1977年、NASA(アメリカ航空宇宙局)は、地球外知的生命体への人類からの“挨拶”として、惑星探査機ボイジャーにグールドが演奏するバッハ《平均律クラヴィーア曲集第2巻》の一部を収録したレコードを搭載して打ち上げた。1981年、50歳を前にしたグールドは、レコードデビュー以来26年ぶりにバッハ《ゴルトベルク変奏曲》を再録音する。前作はエネルギッシュであったが、今回は精神の奥底に沈み込むように深く、美しいものだった。「芸術の目的は、アドレナリンの瞬間的な放出ではなく、むしろ、驚きと静寂の状態を徐々に、生涯にわたって構築することである」。
同年、ラジオで夏目漱石『草枕』の第1章を朗読。彼は『草枕』とトーマス・マンの『魔の山』を20世紀最高の傑作小説に選んでおり、『草枕』は異なる訳者のものを4冊も持っている。
死は突然訪れた。1982年秋、グールドは脳卒中で倒れ、1週間後の10月4日、脳に損傷が見られたことから父親は生命維持装置を外すことを決断した。享年50。枕もとには書き込みだらけの『草枕』があった。生涯独身、動物愛好家で愛犬と暮らしていたことから、遺産の半分をトロント動物保護協会に、残りの半分を慈善団体に遺贈した。
“グールドが長生きしていれば、どんな演奏をしていただろう”と、改めて早逝を惜しんでいたところ、何とヤマハが《Dear Glenn》と銘打ったプロジェクトの中でグールド風にピアノを自動演奏できるAI(人工知能)システムの開発に取り組んだという。画期的なのは、単なる過去の演奏の再現ではなく、彼が残した膨大な録音を解析し、そこに彼の演奏方法を熟知した複数のピアニストの演奏を学習させることで、どんな曲でもグールドらしい表現でピアノ演奏ができるようになったこと。つまり、現代の最新の曲でもグールドのタッチで表現できる!さらに驚くのは、共演者の音や演奏傾向を瞬時に解析して先読することで、人間とのセッションが可能という。もうビックリ。グールドは録音技術などテクノロジーの進歩に大きな関心を持っていたので、存命なら自分風の演奏を満面の笑みで楽しみ、「鼻歌のON・OFF機能はどこだい?」とユーモアを見せていただろう。実に夢のあるプロジェクトだ。

墓巡礼
2000年7月、グールドからもらった、たくさんの感動の御礼を伝えるためカナダに向った。当時は本格的にインターネットが普及する前で、事前に分かったのは「トロントに墓がある」ことだけ。トロントの観光案内所では、墓地について何も手掛かりが得られなかったが、巨大CDショップ『HMV』のクラシック・コーナーの店員さんがグールドの大ファンで、墓地の名前や行き方をメモしてくれた。
「マウント・プレザント(Mount Pleasant)墓地」に着いてその広さに仰天!管理人さんいわく「20万人以上が埋葬されています」。グールドの墓石は「38区」にあり、事務所でもらった墓地マップを片手に20分ほど探し回った。そして、ついに夢にまで見た彼の墓前へ。お墓にはピアノの形のレリーフと、彼の音楽芸術の代名詞とも言える《ゴルトベルク変奏曲》の楽譜(最初の3小節)が刻まれていた!頭の中でその音楽が流れ始め、胸がいっぱいになり膝をつく。父母の隣に埋葬され、親からの「愛する息子グレン・グールド」との言葉もあった。
《ゴルトベルク変奏曲》は子守歌とも伝えられてきた。墓石に刻む楽譜としてこれ以上相応しいものはない。この墓標の下で安らかに眠っていることだろう。ありがとう、グレン・グールド。

5.グールドの墓地を教えてくれたCDショップの優しい店員さん。胸元にグールドのブロマイドが輝く!/6.等身大のグールドと会えるなんて。思わず背後からハグ
 
写真:カジポン・マルコ・残月

カジポン・マルコ・残月 Kajipon Marco Zangetsu

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1967年大阪府生まれ。文芸研究家にして「墓マイラー」の名付け親。ゴッホ、ベートーヴェン、チャップリンほか101ヵ国2,520人に墓参している。信念は「人間は民族や文化が違っても相違点より共通点の方がはるかに多い」。
日本経済新聞、音楽の友、月刊石材などで執筆活動を行う。最新刊は「墓マイラー・カジポンの世界音楽家巡礼記」(音楽之友社)、NHKラジオ深夜便「深夜便ぶんか部 世界偉人伝」にレギュラーゲストとして出演中。コロナ禍になってからは海外の墓参は休止に。昨年の夏、札幌を訪れ、ずっと楽しみにしていたバーンスタイン像の巡礼を果たした。

1月31日(火)のNHKラジオ深夜便23時台「深夜便ぶんか部・世界偉人伝(第18回)」にカジポンさんが生出演し、アメリカ東海岸に眠る偉人たちを紹介する予定です。どうぞお楽しみに!都合により放送時間や内容などが変更になる場合がございます。
 

AIと人間の「共創」を追求する
ヤマハ株式会社の「Dear Glenn」

 
Dear Glenn

英語のコ・クリエーション(Co-Creation)の訳語として2004年頃に登場した「共創(きょうそう)」という言葉。異なる立場や業種の人・団体が協力し、新たな商品・サービスや価値観などをつくり出すことを意味します。人々の嗜好やライフスタイルの多様化、グローバル化と情報化で加速する消費サイクルの変化など、先行きが不透明で将来の予測が困難な時代に企業の成長を支える考え方として注目されています。
ヤマハ株式会社では「共創」によって「AIと人間との共創」を追求するプロジェクトが行われました。同社が着目したのは天才ピアニストのグレン・グールドです。プロジェクトの名前は「Dear Glenn」。新しいテクノロジーに可能性を見出したグールドの姿勢に敬意を表し、着想を得たことに由来します。
このプロジェクトでは、グールドのピアニズムを習得し、グールドらしい音楽表現でピアノを演奏できるAIシステムが開発されました。エンジニアやピアニストなど多くの人や情報技術が集まり、「AIは、どこまで人の心を動かせるのだろう。」というテーマに向き合ったのです。
2019年9月にはオーストリア・リンツ市で開催された世界最大規模のメディアアートの祭典「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」においてAIシステムを初公開。会場では同システムによるピアノ独奏と名演奏家たちとの協奏を披露し、聴衆を驚かせました。
AIと人間との共創の可能性を探求するヤマハの取り組みは今も進行中。知見と成果、そして展望を共有しながら、現代のテクノロジーであるAIと人間が互いに刺激し合い、「共創」から生まれる新しい音楽表現、新しい価値の未来が楽しみです!

写真:AIピアノ、ピアニスト、フルート・ヴァイオリンとの協奏
 

「Dear Glenn」公式サイトでは
プロジェクトのドキュメンタリーとコンサートの様子を
映像でご覧いただけます。

国際教育音楽祭PMFは1990年の創設以来、
ヤマハ/ヤマハミュージックジャパンにご支援いただいています。

 
PMFのあいうえおミニ
譜めくり

譜めくり(page-turner)とは、ピアニストなどが演奏で使用する楽譜をめくる人、その動きを指す言葉。
芸術家(Artist)やジャーナリスト(Journalist)などのように人を表す英語の接尾辞「ist」を付け、親しみや敬意を込めて「譜めくりスト」と表現することもある。

「譜めくりスト」「譜めくりさん」は、“一期一会の響き”をサポートする大切な存在だ。
 
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